アンパンなんてもう何年(10年?)も食して居ません!!!
■ペラペラ感が社会を蝕む 〜軽薄短小な商業主義という病〜
最近、テレビをつけても録画予約をしても、「なんだかなぁ…」と感じることが増えました。夫婦で見ようと録画したはずの番組も、5分と持たずにリモコンOFFに手が伸びる日々。「時間を返してくれ…」と小声でつぶやくのが、もはや我が家の週末の定番行事です。
「今日もテレビ見るモノ無いね!」が夕方の定番会話となっています。
新聞の土曜版には、全国の1週間のテレビ番組表がびっしりと掲載されています。
★地上波(全国+ローカル) 約4,000〜5,000本
BS・CS(BS50+CS100想定) 約2万〜3万本
合計推定(重複除かず) 約2万5,000〜3万5,000本/週
上記の中で再放送番組▼は下記となっています。
▼地上波(全国+ローカル) 約3,000〜5,000本 約10〜20%
BS・CS 約10,000〜20,000本 約50〜80%
合計 約1万3,000〜2万5,000本 全体の約40〜70%が再放送・・・・恐ろしい程努力をしていない!
さらにアマゾンプライムやU-NEXT等々迄入れれば・・・途方もない数の番組を見る事が可能であるが、上記の様にざっと数えると、地上波だけで毎週4,000〜5,000本、BSやCSまで含めると3万本超。その数だけ見れば、「情報過多社会ここに極まれり」と言いたくなります。でも、蓋を開けてみればどうでしょう?
なんと全体の40〜70%が再放送。そう、ほとんどが“使い回し”なのです。新しく見える番組でも、「あれ、これって昔の企画の焼き直しじゃ…?」と思った方、安心してください。あなたの感覚、間違っていません。
そして、配信サービスも含めれば見切れないほどのコンテンツが存在するにも関わらず、本当に「観たい」と思える作品がどれほどあるでしょうか。録画予約の中で、今回唯一少しだけ期待していた朝ドラも、残念ながら早々に脱落。主人公の“演技”が、なにかこう…どこかで嗅いだことのある匂いを放っているのです。そう、あの“キムタク臭”と呼ばれるものです。どんな役でも同じに見える、ペラペラな存在感。演技を超えた“自己表現”という名の独りよがり。
もっと驚いたのは、脇役たちの演技が素晴らしすぎて、主役が完全に「食われて」しまっているという事実。
【朝ドラ『あんぱん』が第8週を迎え、SNSでは朝田蘭子を演じる”河合優実”への賛辞が溢れている。河合の強みであるセリフに頼らない表情や所作を生かした演出や魅力的に撮り切るカメラワークも相まって、贅沢な映像へと仕上がっている。】・・とのネット情報
確実に主役を食っている!!!主役の演技は・・”キムタク臭”・・がプンプン匂い鼻に付く!どんな役演じても全部同じペラペラ感MAXの同じに感じる演技・・同じ年代の連続テレビ小説史上最低視聴率を記録した押し出し感ドMAXのパワハラ橋本ナンチャラよりは少しはマシだが・・
主役は人間的中身の薄さがもろに演技から感じられてしまう。主役より確実に勝る”河合優実”さんダケでは無く多くの脇役陣に主役が演技で大負け状態(←これで白ける)である。今の今!世間を騒がす大ウソつきの色ボケ不倫女は大親友と云うこの主役⇒類は友を呼ぶのだろうか?。ペラペラ感が同じ!
もういい加減に”芸能事務所の都合”や世の中の”ド素人の評価”ではない・・真の演劇界のプロの評価(真の実力)でキャスティングして欲しモノですね!
この国の芸能界では、いまだに「演技力」よりも「事務所力」でキャスティングが決まるのが当たり前。才能よりも“話題性”が重視され、見る側も知らず知らずのうちに「それっぽいもの(偽物)」に慣らされてしまっているのかもしれません。明らかに今の日本人は感性微弱であり、人として壊れつつ有ります。
かつてはテレビも映画も、本来は人の心を豊かにする文化のひとつであったはず。けれど、今のメディアはまるで「早く食べないと腐るよ」と言わんばかりの安直インスタント食品並みに、消費と話題性だけを追いかけ、作り手も受け手も思考停止状態。視聴率とSNSトレンドの数字ばかりを気にして、肝心の“中身”はどこへやら。
本物を見分ける能力の大衰退した今の日本人、この国の衰退を止めたければ、「電波の入札制」を導入してでも、公共の電波を本当に価値あるものに使うべきです。でなければ、これからも私たちは、薄っぺらい“ペラペラ感”に囲まれたまま、じわじわと”考える力と感じる力”を失っていくでしょう。
「見るものがない」と言いながら、テレビをつけてしまう。「面白くない」と言いながら、録画ボタンを押してしまう。「演技が下手だ」に耐えきれず、再生を止める日々。そう、これはもう“視聴の習慣依存症”です。かく言う私もそのひとり。やれやれ、昨今の若者の様に完全テレビ離脱が出来ない昭和のノスタルジーおじさんの私。
でも、せめて言いたいのです。人間には、“金”よりも大切なものが確かにあるはずだと。心が動く瞬間、思わず涙がこぼれる演技、胸の奥にズシンと響く言葉。そんなものに、もう一度出会いたいのです。
今のままでは、ペラペラな“商品”ばかりが並ぶ国になってしまう。しかもその商品、消費者の知能と感性をすり減らしながら売られていく。「このままでいいのか?」と問い続ける勇気を、今こそ一人ひとりが持たなければ、この国の文化も、社会も、やがて“再放送”しかできない空っぽなものになってしまうかもしれませんね。
私たちもダメなモノはダメと・・・きっちり見ない意思表示が不可欠ですね!それが唯一日本を救う道なのですよ・・これは衰退する日本全てに於いて共通する事、日本に適正な浄化作用をもたらし日本が復活出来る唯一の方法でも有ります。