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トヨトミ教の未来は・・・果たして?どうなる?

昨日、超ロングランの夢を見た!夢の中ではなぜか?私がトヨトミの開発担当者であり、社長や多くの取り巻き役員と今後のクルマ作りに付いて議論する夢で有った。心底、トヨトミを愛し、トヨトミの未来を心配しているのだと・・・朝・・・目が覚めたら気付いた。

トヨトミ自動車の未来を考える

2024年、トヨトミ自動車の世界生産台数は968万台に達した。

以下は、2024年の国・地域別の生産台数とその割合の推定値です:

国・地域   生産台数(推定) 割合(推定)利益貢献度
日本約    3,240,000台    約33%・・・◎日本国内販売は233万台⇒その他輸出▲
アメリカ  約2,300,000台    約24.2%・・✖殆ど利益出ない
中国    約1,270,000台    約13.3%▲⇒✖今後殆ど利益で無くなる可能性大
メキシコ   約536,000台     約5.6%・・✖多くはアメリカ輸出・殆ど利益出ない
カナダ    約534,000台     約5.6%・・✖多くはアメリカ輸出・殆ど利益出ない
欧州     約970,000台    約10.2%・・▲今後殆ど利益で無くなる可能性大
その他地域  約830,000台    約19.7%・・▲今後殆ど利益で無くなる可能性大
トヨトミの2024年度の世界総生産台数968万台

トヨトミの売上高は驚愕の48兆5000億円。桁が多すぎて庶民には想像もつかない額だ。営業利益は3兆8000億円・・日本の利益3兆1587億円(全利益の83.1%)を占める。

まさに巨大な自動車帝国だが、その足元を見てみると、どうも華々しい未来が待っているわけではなさそうだ。日本国内での生産台数は324万台、これが実に全体の33%を占める。日本という“神の国”では、トヨトミはまるで信仰対象のような存在だ。何しろ、一台売るごとに135万円もの利益を献上してくれるのだから、その厚遇ぶりは宗教に近い。

アメリカ市場では230万台も生産しているが、利益はほぼゼロに等しい。1台あたりわずか4万2571円の利益。これ、パートタイムのバイト代だろうか。トヨトミの幹部も「アメリカは遠い親戚だよ、たまに顔を出せば感謝はされるけどね」と肩をすくめる。どうやら感謝だけではお腹は膨れないらしい。

中国では127万台生産しているが、こちらも今後利益が出る見込みは薄い。最近は“ニューエコノミー”と呼ばれる中国メーカーが次々と登場し、価格と性能で勝負してきている。BYDやGeelyなど、まるで“新興宗教”のような勢いでシェアを奪っている。信者(消費者)も熱心だ。「トヨトミ教」の信仰心が試される時代がやってきたのかもしれない。

さらにメキシコ、カナダ、欧州、その他地域を合わせた生産台数も全体の半分を占めるが、こちらも利益は出にくい。欧州に至っては、環境規制の締め付けで今後さらに厳しくなるだろう。南米や東南アジアも“ニューエコノミー”メーカーが現地工場を建てて急速に勢力を拡大している。まるで戦国時代の城攻めのような勢いだ。

日本市場とトヨトミ信仰

それにしても、日本人のトヨトミ信仰は強烈だ。日本国内の販売台数は233万台、全体の24%に過ぎないが、営業利益の83.1%にあたる3兆1587億円を叩き出している。この利益率は約31%、一台売るごとに135万円が懐に入る計算だ。「こんなに貢いでくれる信者はいない」と幹部たちも鼻高々だろう。

だが、ここにきて日本経済の衰退が影を落とし始めている。少子高齢化、物価高、賃金の伸び悩み…「信者」はどんどん貧しくなっているのだ。エンゲル係数も右肩上がり、物価も高騰し家計の負担は増える一方だ。信仰心はあっても、財布の中身が続かなければ、いずれトヨトミ教から離反する日が来るかもしれない。気づけば“信者”たちは中国製の激安高性能の電気自動車に乗り換え、まるで100均ショップのように外国製品が街を埋め尽くす光景が広がるかもしれない。

ビジネスと信仰の行方

ここで一つ考えたいのは、ビジネスというのは信者(顧客様)が信じてくれることを前提に成り立っているということだ。まさに商いの神髄は「買うての幸い、売っての幸せ」で無ければ存在価値はない。

だが、利益を上げるために信者を“搾取”しているようでは、長続きしない。日本市場での利益率は米国の31倍近くもある。トヨトミは「日本人は特別だ」と言うが、実際には“特別高い”という意味だったようだ。

昔から言うではないか。「商いは信用が第一」。江戸時代の商売往来にも、商売の基本として「暴利を貪るな」と書かれている。いくら日本市場が強い信仰心を持っているとはいえ、財布が続かなければ信仰も途絶える。

そして、私が一番懸念するのは、安全性だ。日本だけで大人気のワンボックスカー、その構造的な脆弱さはもはや“走る棺桶”とさえ言えるレベルだ。事故の写真を大量に集めている私にはよく分かる。日本人は命まで信仰心で支払うつもりなのだろうか。

企業は“公器”だ。社会に貢献し、持続可能な未来を築くための存在であるはずだ。トヨトミの北米CEOが「電気自動車なんて無駄、カーボンクレジットを払う方が安い」と豪語している姿を見て、少し寒気がした。公器とは一体なんだろうか。

トヨトミには、日本の未来を担う圧倒的多くの貧しい若者たちのことも考えてほしい。信者が減り続け、財布も空っぽでは未来はない。社会の幸せの循環“ポンプ”としての役割を果たし、社会に血液を循環させる存在(企業は公器)であってほしいのだ。

日本という身体を未来に向けて健康に保つためには、まずその“信仰ビジネス”の在り方を見直す時期に来ているのかもしれないですね。