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「r>g」の真理!アインシュタインもびっくり!

死ぬまで貯めて、死んでも使わない:現代日本「通帳成仏」伝説

「この国で一番お金を持っているのは誰ですか?」そう聞くと、多くの人が孫正義とかユニクロの柳井さんとか答える。間違ってはいない。だが、“死ぬ瞬間に一番お金を持ってる人”という観点なら、日本ではまったく違う人が浮上する。

答えは、上位1/3の高齢富裕層。彼らはなんと、「死ぬ時がいちばん預金残高が多い」という謎の偉業を成し遂げている。使わない。投資もしない。子にも配らない。ただ、静かに、そして律儀に、通帳にゼロを積み上げながら老衰していくのだ。

もはや通帳が“墓標”だ。通帳の残高で弔辞を語る時代が来るかもしれない。なぜこうなるのか。答えは簡単、日本では「お金の使い方」以前に、お金の意味を知らない人が多すぎるからだ。

多くの人にとって、お金とは「とにかく貯めるもの」であり、使うと罪悪感を感じる不思議な存在だ。投資? ギャンブルと同義。寄付? 自己満足。消費? 倹約の敵。もはやこれは教育ではなく、文化という名の呪いである。

そしてその呪いは、深刻な副作用を生んでいる。お金は経済の血液である、お金(血液)が回らないから日本はドンドン、ドンドン、経済が低迷するが輸血と云う借金ダケが爆増している。その結果、日本では下位1/2の老人は老後資金ほぼ無しの貧困老人となり、下位1/2の若者は、結婚すら贅沢と考えるゲームやSNSで妄想するダケの夢無し若者(心はすでに老人)となっている。

昭和の高齢富裕層老人は、「貧乏になるのが怖くて、ずっと“投資の福利効果を生かした真の金持ちにもなれない使い方”しかしない人」が大量発生しているということだ。

繰り返そう。トマ・ピケティが言うように、「r>g」、つまりお金でお金を生むスピードは、人が働いて稼ぐスピードより速い。世界中の富裕層はこの不等式を味方につけています。

「r」はReturn On Equityの略称で、和訳は自己資本利益率。

「g」は”g” is the economic growth rate、経済成長率を示す。

世界の主要国では小学生時代から当たり前に金融教育はされ、トレーニングされ、実践の経験を積む!しかし、日本はお金の話をする事は”下品な事””不遜な事”となぜかされている。

世界では唯一、日本ではこの「r>g」の真理に抗って生きている。いや、無視している。無知という名の悪徳である。

それどころか、「お金を殖やす」という考えそのものが、どこか“卑しい”とされている。命の次に大事な、お金!それを学ばない事は実におかしな事ですよね!!時にはお金が無ければ命さえ危うくなるのにもかかわらず・・お金の真理「r>g」を忌避する不思議。

「お金の話ばかりするな」「金の亡者にはなりたくない」とか言いながら、昼休みにゲームアプリやSNSをコソコソ見て自分を“自己満足”させている。

私は不思議なご縁で巡り合った若者に、これではダメだと感じ、金融のなんたるか!やお金の学びや、お金の真理「r>g」などのセミナーを何百回とやってきました!しかし、この学びの価値に気付いてくれる日本の若者は10人に1人以下です。”不動産屋”の話などと最初から馬鹿にされている局面に何度も遭遇しています。

幸運にも気付いた人も・・その学びの深さを何時も探求しているか?疑問に感じる事が多々ある。これは・・”気付いたつもり”・・はとても危険である。気付かない人はただの愚か人で済むが・・浅薄な気付いたつもりの中に潜むリスクはとてつもない破壊力を持つ。

真の金融知識は・・・”人格も向上”させないと・・真の価値を生み出し続ける事は出来ない。どこかで落とし穴に落ち込む事になる。お金の真理「r>g」の裏側が見える人間に人格を上げる事は不可欠な事である。これが判る人は・・???どれだけ居るのだろうか?貴方は大丈夫?

本当にもったいない事であり、日本人の”洗脳”の強烈さにはホトホト・・です。大きなため息しか出ませんね・・ふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

そして皮肉なことに、この思想はそれなりの金持ちにも蔓延している。上位1/3の高齢富裕層が、人生の最後に「最大預金額」を迎えるという事実は、それを物語っている。

資産はある。使い道はない。けれども、「減らすのが怖い」から、何もせず、最終的に相続税で半分国に持っていかれる。そしてその一部が、政治屋の自己満足の公共事業という名の“謎のモニュメント”になったり、誰も通らない歩道橋に姿を変えたりする。

お金よ、あなたは本当に望まれた使われ方をしているのか?本来、お金とは「使うことで初めて価値が生まれる」ツールである。お金は未来をつくり、選択肢を与え、命さえも救えるものだ。

ところが、いまの日本では「使わないこと=賢明」という価値観が支配している。消費は悪徳、投資は博打、寄付は売名、教育はコスパ。この四重苦のもと、老若男女が「とりあえず定期預金」へと歩を進める。年利0.002%という冷笑の世界で、未来を託すのだ。

一方、資産を動かす者たちは静かに微笑んでいる。彼らは知っている。お金は動かすことで力を発揮する生き物だと。お金は紙切れではなく、未来を運ぶエネルギー。使わない金は、ただの数字。墓場まで持っていけないし、天国では通貨も換金レートも不明である。

それでもあなたは、「貯金は安心」と言うかもしれない。だが、それは沈む船でライフジャケットの値札だけ見て安心している人と同じである。

気がつけば、年金は減り、物価は上がり、給料は停滞したまま。それでも文句を言わず、怒りもせず、ATMの前で通帳の残高を撫でて安心する。…もはや通帳というより、これは“お守り”だ。

お金とは、本来「自分の人生を主体的に選ぶための権利証」である。それを持ちながら、誰にも使わせず、誰にも託さず、最後まで握りしめて死ぬなんて――

そんな人生に、あなたは複利の神様からの祝福を受けられると思うだろうか?

最後に一言。
あなたがこの国で最もお金を持つ瞬間は、もしかしたら“死亡診断書”と一緒にやってくる。その時、そのお金は「あなたのため」に使われることは、もうない。

さて、あなたの「お金の使い方」「貴方のお金の知識」、それで本当に合ってますか?