9歳からモンスターを仕立てる過剰商業主義
悲しき少女、そして25歳の発情期、恐ろしき芸能界、それに群がるファンという名の愚かな人間の群れ
世の中には夢のような場所があるらしい。美しい衣装に身を包み、眩いばかりのスポットライトの中で微笑む少女。観客はその笑顔に心奪われ、テレビの前で手を振り、SNSには「可愛い!」「応援してる!」の嵐。だが、その華やかなステージの裏側では、彼女はただ“商品”として加工され、展示され、そして消費されているだけだ。
A. 工場で生産される“アイドル”たち
芸能界を美しく見せているのは、巨大な資本主義という名の工場だ。金の亡者の彼らは子どもを見つけると、すぐに“原石”と呼び、手際よく加工を始める。笑顔の作り方、話し方、どの角度が一番可愛いか、全部“プロの手”で売れる商品として仕上げられる。そして「デビュー」という名の出荷準備が整えば、テレビや雑誌、SNSに並べられるのだ。そして1000人デビューさせて残るのは1人か2人、残りの998人は簡単にお前の努力が足らぬと捨てられる。
だが、これは決して「才能を伸ばしてあげる」という温かい話ではない。むしろ、これは“商品”の生産ラインだ。テレビに出ている少女も、ラジオで声を響かせるアイドルも、全部“販売促進用”の宣伝物であり、値札が付いている。彼女たちが泣いても、傷ついても、それは“商品価値”に影響する場合に限り問題視されるだけだ。まるで店頭に並んだパッケージが少しでも破れていれば返品されるように。
B. 泣き顔は禁止、笑顔の“演技”は必須
芸能界には「感情」は存在しない。あるのは「演技」だけだ。スキャンダルに巻き込まれても、表情一つ変えず笑顔を浮かべる少女や若き女性の姿を見たことがあるだろうか?その1人が永〇芽●さんと云う鉄の女=gプロ意識”と言われるのだから恐ろしい。泣きたくても泣けない、怒りたくても怒れない。泣いたら“イメージが崩れる”、正直になったら“スポンサーが引く”延々と嘘を演じ続けるのである。その内に・・自分の吐いた嘘が真実と思える様に自己暗示にかかり、演じる事と現実の見分けが付かなくなる!鉄の女£、商品価値が継続するのである。
一方、ファンはその笑顔を見て「強い子だ」「頑張ってるんだな」と涙ぐむ。だが、よく見てほしい。それは彼女の本当の感情ではなく、笑顔を貼り付けた“演技”なのだ。まるでガラスケースに並べられたマネキンが笑っているかのように。その顔を見てファンは勝手に自分の都合が良いイメージを妄想する。作られた商品は24時間365日、死ぬまで演じ続ける運命となる。
その吐く言葉からは人の心を震わせ感動させるような沸きあがる共鳴は無い!可愛さを演じて言葉を垂れ流すダケでも・・多くのファンは妄想して熱狂する。どちらの人間も人間として壊れれているのだろう。
発情期の暴発ダブル不倫で起こした多大な迷惑や幼子の悲しみなど本人の鉄の女≠ヘ罪悪感など微塵も感じる事は出来ないのであろう。感じる能力さえ退化してしまって居るのだろう。
C. 壊される“人間”という名の心
芸能界に入る年齢はどんどん低年齢化している。9歳のランドセルを背負った少女が街角でスカウトされ、「君には才能があるよ」と囁かれる。そして親も「チャンスだ!」とばかりに契約書にサインする。こうして“商品”としての人生が始まるのだ。学校に行くよりも撮影、友達と遊ぶよりもレッスン、失敗は許されず、笑顔を絶やさないことが唯一の義務だ。
しかし、その過程で“人間らしさ”は成長するどころか芸能界の闇を知らされ削ぎ落とされていく。同世代の子どもたちが公園で遊んでいる時間、彼女はカメラの前で泣くシーンの練習をする。どれだけ真剣に人を騙した演技が出来るかが評価となる。誕生日パーティーも、学校行事も、全部“スケジュールの都合”でキャンセル。彼女が成長して大人になったとき、待っているのは「消費し尽くされた商品」としての扱いだ。
成長した元アイドルたちが発情期等の自爆スキャンダルから“再起”を図ろうとしても、世間はもう彼らを見向きもしない。新しい“商品”が次々と出荷されるからだ。その失敗した商品にまだ、新商品の当て馬としてのヒールとしての価値として使えると思えば・・さらにしゃぶりつくされやがてそれも確実に賞味期限が来る。
そして、捨てられた彼ら、彼女ら、おじさん、おばさんは「芸能界しか知らない」9歳の精神年齢の状態で放り出される。孤独と不安、そして見向きもされない現実が彼らを待ち受ける。時には、ニュースにもならない静かな“消え方”をすることもある。
D. “ファン”という名の共犯者
「応援しています!」と叫ぶファンたち。だが、彼らもまたこのシステムの共犯者だ。商品が傷ついても笑顔で手を振り、商品が泣きそうになっても「頑張って!」と励ます。それがどれだけ残酷なことか想像したことがあるだろうか?心が壊れそうな時に「もっと頑張れ!」と背中を押すのだ。笑顔を求め、パフォーマンスを強要し、スキャンダルが起きれば手のひらを返す。
そして、新しい“商品”が出てくれば、古い“商品”はすぐに忘れ去られる。ファンはいつだって最新モデルを求める。まるでスマホの機種変更のように。
E. “捨てられる”少女たちの行方
賞味期限が切れた“商品”はどうなるのか?多くは芸能界を去り、普通の生活に戻ろうとする。だが、そこに待っているのは“普通”ではない現実だ。長い間、笑顔を演じてきた彼女たちには、心の傷が深く残っている。仕事も普通の人間関係も築けず、社会に馴染めないまま孤独を抱える。中には、ニュースにもならずひっそりと命を絶つ者もいる。
だが、そんな現実を見ても、世間は言うのだ。「次のアイドル、可愛いね!」と。新しい“商品”がまた市場に出れば、前のものなど忘れ去られる。
F. 誰も止めない残酷なショー
夢を見せる世界。それは、誰かの心を犠牲にして成り立っている。人々は夢を見たいがために、少女たちを笑顔で消費し続ける。企業はイメージを守るために、価値が下がればすぐに捨てる。ファンもまた、そのシステムを支える一員だ。
“商品”の裏にいる“人間”の痛みに、いつ気づくのだろうか?あるいは、気づかないふりを続けるのか。
そしてまた、街角で見つけられた別の小さな少女が、笑顔を“演技”する日が来る。可愛さを”演技”する日が延々と続く、誰かがこの連鎖を止めなければ、消費され続ける“人間”は減ることはないだろう。ファンの拍手は、悲しき少女の涙を覆い隠すだけの、虚しい音に過ぎないのだから。
この残酷な現実を変えるのは誰だろうか?そして、少女たちが心から本心の笑顔で“生きる”日が来る事は無いだろう。