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AI-ロボタクシー2026年が初めの年となるか?ならないか?

クルマを持たない社会が、いよいよ現実になる!東京でも自動運転タクシーのウェイモがテスト走行を始めましたね!

最先端国では2〜5年後(←日本以外)日本では10年後?(日本ではタクシー村が大反対・村役人の規制で遅れる)の都市部で無人ロボタクシーが普通に見かける様に普及する──と聞いて、あなたはどんな気持ちが湧きますか?「未来が来た!」とワクワクする人もいれば、「こんなの無理でしょ」と眉をひそめる人もいるでしょう。でも、無人タクシーが本当に当たり前の光景になれば、私たちの生活は大きく変わるかもしれません。

しかし、日本では”自動車村+ガソリン村”が大反対をする事になり、普及はとてつもなく遅れ、日本の非効率は日本国全体の国際競争力をさらに下げ続ける事になりそうです。

例えば、アメリカや中国ではすでに無人タクシーが一部で実用化され、アプリで片道200〜400円以下で乗れる低価格サービスも登場しています。日本でも、最先端国から5年遅れで2030年頃には一部地域で限定的では有りますがロボタクシーの導入が進むと予想されています。どうやら、これからの時代は「クルマを持たない社会」が現実味を帯びてきているようです。

日本の一般的な家庭が1年に走る距離は約7000km。意外と少ないですよね。車が必要とされる場面は減少している一方で、家庭の支出の中で「車関連の維持費」はかなりの割合を占めています。車両本体、保険、税金、駐車場代、メンテナンス費用、これらを合わせると年間70万円から100万円以上という計算に。これはもう、家庭の年間食費並み、いや、それ以上の出費です。毎年のように車を持って維持するためにこんなにお金をかける必要が本当にあるのでしょうか?

さらに自家用車で年間7000km走行のために年間費用負担100万円?(142.85円/1q)それ、本当に必要?

以前に何度もご説明していますが1日スーパーで3000円買い物するのに車で大福10q、費用負担1428円って不合理と思いませんか!しかも時間を1〜2時間超も浪費して、脳疲労(リアル買い物はとてつもない脳疲労をします)をして・・・これを不合理と思えない人は、確実に時代遅れの民ですから・・未来が心配な人と云う事になります。

今や、私たちの生活は「移動しない」方向にシフトしています。買い物はネットスーパーや宅配で済ませ、通勤はリモートワーク、外食はフードデリバリー、病院もオンライン診療で済ませてしまいます。クルマを使わなくても済む時代、車を所有するということがどれだけ無駄な支出なのか、だんだんと気づき始めている人が増えているのではないでしょうかね?

ロボタクシー登場後、変わる「クルマの常識」

もし、普及後のロボタクシーで移動1回あたり200〜400円、通勤や買い物をすべてロボタクシーで代替できるとしたら?おそらく、誰もが「所有しない方が便利で安い」と思うことでしょう。

駐車場を探したり、雪下ろしをしたり、ガソリンを入れたり、車検を受けたりといった面倒くさい作業から解放されます。車を所有することで発生する「面倒くささ」と「ストレス」を、ロボタクシーは一気に解消してくれるはずです。

必要な時にアプリひとつで呼べば、すぐに目的地まで快適に移動。降りればそのまま解放される、こんな自由な移動手段が当たり前の時代が来るのです。

クルマの再定義:モノではなく、「時間と心のゆとり」を届ける存在

未来のクルマは、もはや単なる「移動手段」ではなくなります。クルマの本当の価値は、車そのものではなく、その「移動によって得られる体験」や「心のゆとり」へとシフトするのです。

「所有するか、シェアするか、使わないか?」という選択肢を、自分で自由に選ぶことができる時代。子どもとの思い出づくりや、高齢の親を支援するための移動手段として、クルマは人々の生活の質を高めるツールに変わります。

さらに、ロボタクシーやカーシェアが、デジタル社会と生活をつなげる重要な役割を果たすことになるでしょう。クルマがただの移動手段でなくなり、私たちの生活そのものを便利に、豊かにする存在になるのです。

これから問われるのは「何を持っているか」ではなく「どう生きたいか」

さて、ここで重要なのは「持つことの価値」ではなく、「どう生きるか」ということです。これからは、クルマを「毎日使うかどうか」や「高級かどうか」で評価する時代ではなくなります。

クルマの本当の価値は、その「移動」が自分の人生にどんな意味を持つのか、どう役立つのかにシフトしていくのです。

これからの時代は、車を「持つことの価値」ではなく、「持たなくても困らない社会の価値」を考える時代。無駄な移動をどれだけ少なくし、不可欠な移動の場合は移動手段をいかに選び、活用するかが鍵を握ります。

これからのクルマは、「持つもの」ではなく「選べる環境」

もしロボタクシーが普及すれば、クルマは「所有するもの」から「活用するもの」へと進化します。年間走行距離が7000km未満であれば、無理して車を所有する理由はありません。車が必要な時だけ利用する、そんなシンプルで効率的な社会が実現するでしょう。

これこそが、私たちが目指すべき未来のクルマ社会です。社会全体が、無駄なものを持たず、必要な時に必要なだけ、便利に移動できる社会。これが実現すれば、私たちはもっと豊かで効率的な生活ができるようになるはずです。

結論:クルマを「持たない」ことこそが、未来の豊かさ

結局、私たちがクルマを「持たない社会」に向かう理由は、無駄や矛盾を排除するためです。毎日のようにクルマを維持するための無駄な支出を減らし、必要なときにロボタクシーを使うだけで、効率的に移動できる社会こそが、今後の理想的な姿です。無駄を省き、環境に優しく、時間を有効に使う──これこそが、クルマの「本来あるべき姿」ではないでしょうか。

しかし、日本の村社会は・・村社会を温存する役人の悪知恵で世界の最先端とは違う非効率さは残るのでしょう。事故を起こしたら誰が責任を取るのだ!!!と大騒ぎをして役人の天下り用の管理組織を山ほど作り上げ、その経費がロボタクシー運賃に加算される事など当然の事となります。

日本人に”効率””知性”などどうでも良い価値観なのでしょうね!!!「赤信号みんなで渡れば怖くない」で集団自殺する歴史の有る民族性ですからねぇ〜〜〜