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”ボンボン撲滅駆除緊急法案”を出さないと日本人は飢える

米なんか買ったことは無い!もらって売るほどあると言ったボンボン大臣が辞任した!日本はボンボン菌だらけで腐敗度ドMAXである事は間違いない。

そうそうに”ボンボン撲滅駆除緊急法案”を出さないと・・確実に手遅れになる。ふぅ〜〜〜

今日も35度なんて高温の場所も有る様だ!

地球が炊飯器になった日 ― コメが泣いてる、私たちもそろそろ泣く頃だ
最近スーパーで「コメ、高っ!」とつぶやいたら、隣のおばあちゃんが「昔は5キロで1000円だったのにねぇ」としみじみ。思わず「もうタイ米の時代、再来ですね」と返した私たちは、ちょっと笑った。でも、内心は全然笑えなかった。

日本では、2024〜2025年にコメの価格がいきなり2倍。政府が31万トンもの備蓄米を市場に放出してもビクともしないこの高値、もはや“お米様”である。次の一手は、きっと「お米は嗜好品」と言い出すことだろう。いや、シャレにならない。

実は、この背景にあるのは“地球沸騰化”。もう「温暖化」と呼ぶにはぬるい。沸いてるんです、地球。おかげで、1等米は減る一方。品種改良のスピードが追いつかず、「熱さに負けないお米」が開発されるよりも先に、消費者の財布が干からびそう。

さらに困ったことに、コメだけじゃない。2023年の夏、世界中で猛暑・干ばつ・豪雨のオンパレード。小麦もコーヒーもカカオも、価格が跳ね上がり、朝ごはんが徐々に「お湯だけ」に近づいている。どうやら、パンとコーヒーとチョコは、未来の贅沢品になるらしい。

この大騒動の裏で、密かに絶滅危惧種が急増中。2000年には約10種だったのが、今や7412種に。人類もそろそろリストに加わりそうだが、リストに載る前に自覚したい。私たちは、自分たちの食べ物の生産方法によって、自分たちの首を絞めている。日々排気ガスをまき散らす途方もない数のガソリン車、牛のゲップ、田んぼのメタン、肥料の使いすぎ等々数えたら山ほどある。これが地球を炊飯器に変えた主犯格。

そして、食べる量も地味に問題。FAOによれば、1人あたりのカロリー摂取量は60年間で約1.4倍に。人口14億人の中国なんて、穀物(小麦・コメ)が2〜4倍、肉類(牛肉・豚肉)が約50倍に急増。経済成長と食生活の変化が背景。そりゃ地球も胃もたれする。肉を減らしてヘルシーに…と言いたいけど、手遅れ感がすごい。

すでに中国に続けとばかりインドでも中国と同じ強欲のパンデミックが起きている。

世界の人口も、どんどん増えている。1975年以降、12年ごとに10億人。80億人突破。2030年には約85億人、2050年には約97億人に達する。これまでは農業技術の進化が人口爆増を支えてきたが、その代償は環境破壊。

しかも、2050年には耕作面積が今より31%減る予想。赤道近くの貧しい地域から先に収穫が激減。IPCCは「2度の気温上昇で主要作物は限界」と言っているけど、今のペースだと4度上昇コース。…限界を超えてからが本番なのかもしれない。人類は飢餓により戦争を起こす可能性が高い!

じゃあ、せめて「食べ物は大事に」しよう…と思っても、現実はその逆。世界で生産された食料の約3分の1は捨てられている。賞味期限が1日過ぎただけでゴミ箱へ。日本のコンビニで、未開封のおにぎりが次々と廃棄されるたびに、地球が泣いている気がする。たぶん、コメ粒も泣いている。

しかも、飢餓人口は増加中。2023年には世界で7億3300万人が飢えていた。そのうち半分以上がアジア。これはもう、他人事じゃない。日本の下位3分の1の人たちも、いずれその“アジアの飢える人々”に加わるだろう。正直、“日本は先進国”という認識は、随分前に賞味期限切れだ。

食料価格の高騰、農業の衰退、異常気象の連鎖。もはや「昔は良かった」と言うしかないけれど、未来の子どもたちに「昔はコメが毎日食べられたんだよ」と語る日が来るのかと思うと、ゾッとする。

結局、私たちは自分たちの快適さや、際限の無い欲のために環境を壊し、食べすぎて地球を太らせ(そして沸騰させ)、そして飢える未来を迎えるという、壮大な自作自演の「バカの証明と云う演劇」を演じている真っ最中にいる。

「環境がすべてを決める」――これは原理原則であり、逃げられない真実。だからこそ、日本という資源らしい資源の全く無い世界ブッチギリダントツ1位の災害大国・食料自給率ほぼ最低・海に囲まれて逃げ場なしの国に生きる私たちは、いよいよこの厳しい現実と向き合う時だ。

もしかしたら未来の教科書にはこう書かれるかもしれない。

「かつて地球には“日本人”という勤勉でおにぎりを愛する民族が存在したが、地球沸騰の時代、彼らは気づくのが遅すぎた」

その頃、私たちは未来の子どもに何を残せるのか。せめて、まともな炊きたてご飯の思い出くらいは、残しておきたい。昭和時代の温かい湯気の向こうに見えた「普通の暮らし」を、もう一度、取り戻すために。