ロジカルシンキング・・・予の辞書にそんな文字は無い!
無駄(豪華・でかい・不必要)の爆増こそが日本経済を元気にする源だ!先の事など俺は知らん!
クルマという名の“現代人のエゴ”——環境時代に背を向ける日本人の不思議な日常
今日もまた、信号待ちでズラリと並ぶクルマたち。ふと覗いてみれば、乗っているのは一人きり。助手席には誰もいないし、後部座席はもはや「荷物置き」扱い。まるで人を運ぶための道具ではなく、鉄の塊がひとりの人間を丁寧に抱えている、そんな風景が日本の日常です。
特に日本人は90%は1人しか乗らないのに7〜8人乗りのデカいワゴンが世界で唯一大好きな国!、椅子を運ぶ事が趣味???しかもそのスピードたるや大渋滞で平均時速20q程度・・自転車並み
1人乗り :約60%〜70%(運転者のみ)
2人乗り :約20%〜30%・・・・・・・・・・・殆ど約9割の移動が2人以下
3人乗り :約5%〜10%
4人乗り以上:約5%未満
1日当たりの走行距離は・・
10km以内:約30%
11〜20km:約25%
21〜30km:約15%
31〜40km:約10%
41〜50km:約10%・・・50q以内が全体の90%と云う事になる。
51〜100km:約5%
100km超 :約5%
国土交通省のデータによると、日本の乗用車の平均乗車人数はわずか1.3人。実に6〜7割が運転者ひとりでの移動です。しかも、1日の走行距離も90%が50km以内。それなのに、我々は600kmも走れるような高性能なバッテリーや、大馬力の大排気量エンジンをありがたがってクルマに詰め込む。
おまけに、そのバッテリーやエンジンの重さはクルマ全体の25〜30%を占めている。うーん、これはもはや「自動車」ではなく「大気汚染バラマキ走る鉄球」と呼んだ方がいいのかもしれません。
なぜこんなにも“過剰スペック”なクルマをみんなで所有しているのか。答えはシンプルです。「なんとなく安心」「なんとなく便利」「なんとなく好き」。まさに、“なんとなく”が人生を支配する国、行き過ぎた商業主義の仕掛け人に仕掛けられた「空気感」に支配され思考停止の民、日本人
日本人、冷静に見れば95%の無駄を抱えながら、地球を沸騰させるガジェットを一人ひとつ所有し、週末にホームセンターやスーパーに行くために乗り回しているわけです。
そんな中、未来を先取りする国もあります。800〜1000q走行可能なBEVが実現出来ているに関わらず、中国のNIOやCATLなどの企業は、たった2分でバッテリーを交換できるシステムを全国1万カ所に整備中。
バッテリーは日常使いの必要な分だけ使い、遠出の時だけちょっとバッテリーを足す。普段は軽量・小容量=低コスト・低環境負荷で運用。しかもBEVの販売価格も安く出来る!頭いいですよね?ガソリン車を“愛”してやまない我が国からすると、「そんなに合理的に生きて楽しいの?」って皮肉のひとつも言いたくなるほど。
では日本はどうか。2024年の時点で、年間走行距離は平均6,972km。アメリカの広大な土地でも日本の1.2〜1.5倍程度ということを考えれば、われわれがいかに「小さく、短く、頻繁に乗っているか」がわかります。でも、その実態に合わせたクルマ作り?いえ、相変わらず「いつかの遠出」のために、無駄に大きく、やたら重たく、大容量、大馬力、ハイパフォーマンスを夢見て、高額で、高い税金と高い保険料、高い維持費を払っているのです。
これが日本人の知恵の到達点とは、なんとも皮肉な話です。否!日本人に知恵など無い証明かもね!
本来であれば、第一原理思考――つまり「ゼロベースで合理的に考える」というアプローチで物事を見直す時代のはずです。たとえばテスラが構想中の2人乗りロボタクシー。軽くて、小さくて、自動運転で、非接触充電対応。しかもクラッシュしない前提だからクルマの構造も簡素でOK。必要な時に必要な移動だけをこなす、そんな存在こそが次の主役になるはずです。
なのに日本は、依然として「一家に一台」、いや「一人に一台」のガソリン車信仰。もう時代は移動の9割は全くしなくても問題ない生活が可能なのに・・無駄動き(お金がかかる)が大好きの日本人とは・・不思議すぎますね!
しかも、MaaS(Mobility as a Service)はレベル4に向けて爆速で進化している北欧諸国を見習う事は無く、まだ、日本はレベル1未満。各種交通手段がシームレスに繋がる北欧諸国の駅には駅員も改札も無い事を貴方は知っていますか!来た電車にただ乗るダケ、降りるダケでOK、交通インフラのデジタル化も北欧諸国に比べて数周遅れ。言うなれば、「黒電話でZoom会議を開こうとしている」ような時代錯誤っぷりです。
なぜこんなにも日本は、日本人は取り残されてしまったのでしょう?理由は簡単、日本はハード信仰と変化への恐れが染み付いた社会だからです。
「ハードからソフトへ」と言われて20年。気づけばAIでも出遅れ、エネルギー政策は未だに化石燃料と古びた原発頼み。再エネも遅々として進まず、蓄電池技術では中国に完全に置いて行かれ、研究開発費も教育投資も世界最低レベル。こんな状況でも「なんとかなるっしょ」と笑っているのが日本の現実です。
それにしても、日本人は本当に「重い(無駄なモノ)もの」が好きです。クルマも政策も思考も、どれもがずっしりと重たい。だったらいっそ、税制も「重量課税」と「非稼働課税」に切り替えたらどうでしょう?役に立たない重いだけのものには、ちゃんと重い税金をかける。それくらいの痛みがないと、思考停止から目覚めないかもしれません。
気づいている人はもう動き出しています。思考をレイヤー的に掘り下げ、未来を逆算し、小さくて軽くて柔軟な社会(生活)を描きはじめています。そこに必要なのは“便利さ”よりも、“賢さ”です。
資源もエネルギーも乏しい日本こそ、本当は一番合理的に生きるべき国だったはず。それなのに現実は、ガソリン車に乗って、クルマ依存型の壮大な無駄と莫大な借金積み上げ社会を延々と続けながら、「なんで最近暑いんだろうね」と空を見上げている。
それって……たぶん、あなたの古すぎるガソリンエンジン頭脳のせいですよ?