自分で云うのも何ですが?・・・私は生まれは最悪・・・自分の足で歩み始めて・・・チャンスは比較的多く自らの意思で獲得して来た今までではないかと思います。若い頃、生まれは最悪ですから多くのチャンスをチャンスが有ることさえ知らずに無為に過ごしてきたような気がします。むしろマイナスのドハンディーを持って成長したと思います。もちろん、私よりもっと、もっと恵まれない生まれを持つ方も居ることは承知しています。
多くの苦難を乗り越え今から20年ほど前にハンディーを克服し、トラウマから解放され私は現在、私をこの世に送り出してくれた両親に心から感謝をしています。私を成長させてくれた多くの出会いの縁が・・・心から両親に感謝出来る人間に成長させてくれたと思って居ます。ありがたい限りです。
その意味で親は本当に大切です。子は親を選べません。
殆どの人が生きていく為に働き、そしてお金を稼いでいます。お金を稼ぐことは実は働く事のホンの一部の意味しかないのに・・・この事実を知らずに若い頃を過ごしました。今から思うと本当に残念で、残念で仕方有りません。
それが故・・・怠惰に過ごした少年、青年時代でした。ある時、出会いは突然、そして私の人生を大転換した出会いが有りました。
私はその方に・・・ぼろくそ、それこそ、ぼろくそ・・・歪んでは居たと思いますがそれなりに普通に頑張った28年を全否定されました、私どころか私の家族、そして私のご先祖様まで・・・全否定されました。
これでもか!!!と云う位ぼろくそ!!!
この言葉で・・・良くも悪くも私は変わりました。猛烈に働き、猛烈に学び、一分1秒をとても大切にする人生に変わりました。
今思うと・・・この変化は私に功罪2つの両極端の人生を進ませたと思います。
功の面は・・・それはそれは勤勉な人間になれたと云う事
罪の面は・・・幸せになるために1番重要な人生の行動の優先順位の付け方を誤ってしまったと云う事
私に私が変わらざるを得ない慟哭の変化をもたらした言葉は・・・
私にとってチャンスでありリスクで有ったと今思って居ます。どんな事も裏表が有るように・・・人間万事塞翁が馬と云う言い伝えが有るように・・・信じる歩みを時として冷静に俯瞰する必要性を強く強く感じます。
日々、多くの若者に出会い・・・何時も思う事が有ります。私が未熟が故に失敗した行動を目の前の若者にはして欲しく無い、正しく行動すれば私が見た地獄を見なければ見ないで欲しいと思います。
1つはチャンスを掴むこと、そしてそのチャンスには地獄が裏側に隠れていると云う事
それは行動の優先順位・・・正しい優先順位・・・幸せな人生を送るために不可欠な優先順位
現実・・・私が犯してしまった失敗を犯しそうな若者に多く出会います。しかし、この警告は言葉では若者の心に届かないジレンマ
まぁ〜〜〜チャンスにさえ気付かない何も考えない、何も感じない、働き蜂の様な若者も多数居ますが・・・それは、その人の人生かも知れません。
私が気にかけている、心配しているのは・・・チャンスに気付き自ら努力し世間一般の成功者と云う道をひた走っている努力家の若者に対する警告なんです。
弊社、キッチンセミナー、住育でレクチャーさせて頂いているように、富と地位は幸せ感と全くリンクしないと云う事実です。
本日も、私と16年前に出会い私の言葉で自ら気付きチャンスを自らの意思で掴み裸一貫でスタート、今、東京で大成功しつつ有る若者、今の私の何倍も稼ぎ出しています、同年代の若者の何十倍?。その若者が久しぶりに豊橋まで来てくれてお顔を拝見しました。
再開の瞬間・・・私の口から出た言葉は・・・”良い顔で安心した”・・・でした。私の言葉を信じ、行動を起こしたときと全く変わらぬ笑顔でした。もちろん、人格的には相当成長の跡が見えました。
チャンス・・・・・そしてこの若者は私が犯したミスの二の舞は踏まない賢い選択もキチンとされているようです。優先順位をキチンと理解し、行動しているとの事です。
安心しました。・・・
その一言が人生を大きく変えます。その一言に聞き手人生の行動の全てを変えさせてしまうような感性・・・
人と人が共鳴する・・・・・・感性
共鳴すれば・・・もう言葉なぞ要らない
人間とは不思議な生き物で有る。有限の人生の中で出会うべき人には必ず出会う、出会いのチャンスに気付くも気付かないもその人の感性、運・・・なのかも知れません。