「共感力」が育たない日本の教育⇒分断社会⇒争い社会
「共感力」が育たない日本の教育──その根本原因と私たちのこれから
いじめが、同級生の生徒は勿論の事、先生にさえ見て見ぬふりされる教室、炎上目的の投稿が拡散されるSNS、芸能人の涙が“ゴシップ”として笑われるテレビ──。日本社会において、「他人の痛みに心を寄せる力」が育ちにくい背景には、教育の構造的な問題があります。
なぜ日本では、共感力が十分に育まれないのでしょうか。その根本的な原因を、いくつかの事例をもとに探ってみます。
A 「共感より協調」を求めすぎる学校文化
@ 日本の学校教育では、早くから「空気を読むこと」や「集団に迷惑をかけないこと」が重視されます。
A 他人と違う意見や感情を持っても、「それを表現すること」が許されにくく、周囲に合わせて沈黙することが“美徳”とされがちです。
B その結果、「誰かの苦しさを感じ取って声をかける」よりも、「目立たず、和を乱さない」ことが優先され、共感より“同調”が育ちます。
B 「いじめ」を止められない教師と子どもたち
@ 文科省の調査によると、2022年度の小中学校でのいじめ認知件数は68万件以上にのぼります。
A しかし、実際には「クラスで誰かが孤立している」ことに気づいても、教師も子どもたちも“関わらない方が安全”という空気に流されがちです。
B これは、「他人の気持ちを考え、行動する」より、「問題を起こさないようにする」ことが優先される教育文化の表れです。
C 感情より「正解」を求める評価制度
@ 学校では、多くの場面で「正解か不正解か」が重視されます。国語の読解でも「模範解答に沿った答え」が求められがちです。
A それによって、「登場人物の気持ちを想像する」「その場に自分がいたらどう感じるか」といった主観的な共感が軽視されやすくなっています。
B 「間違ってはいけない」というプレッシャーが、感情表現や自由な対話を萎縮させています。
D 競争社会が生む「他人はライバル」という意識
@ 中学受験・高校受験・大学受験と、早くから“勝ち負け”を突きつけられる日本の教育環境では、「他人を思いやるより、勝たなければ」という意識が強まります。
A 他人の失敗や苦しみに寄り添うよりも、「自分はどう評価されるか」が優先され、「共感」は後回しになりがちです。
B “できる子が称賛される”一方で、苦しんでいる子には気づかない──そんな構図が日常化しています。
E メディアとSNSによる「共感の消費化」
@ 芸能人の不倫、性加害、スキャンダル──人の痛みや苦しみが“見世物”として消費される風潮は、テレビやSNSにも蔓延しています。
A 感情が切り取られ、「炎上」や「拡散」に利用されることに慣れてしまうと、痛みを“共に感じる”より、“面白がる”ことが優先されてしまいます。
B こうしたメディア環境も、子どもたちの共感力を鈍らせる一因になっているといえます。
■ 共感は「育てられる力」──今、教育にできること
共感力は、生まれつきのものではなく、「経験と学びの中で育まれる力」です。いま必要なのは、以下のような教育へのシフトです。
他者の立場に立って考える時間を、授業の中で意識的に増やす
感情を言葉にする練習を、国語や道徳で取り入れる
成績よりも“対話”や“関係性”を評価する文化をつくる
メディアリテラシー教育を通じて、他者の痛みを“消費しない”態度を育む
共感の力が弱まった社会は、やがて分断と孤立に向かいます。“共に生きる”ことを学びなおす。それこそが、これからの日本社会に必要な教育の核心なのではないでしょうか。
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