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もう打つ手が有りません!ステージWB!しかも全身転移です。

今日は、節分である。鬼ダラケの日本になりそうだ!!

日本人の貧困化が「静かに、しかし確実に」爆増している。それは災害でも偶然でもない。ましてや自己責任の集積でもない。これは、長年にわたって積み重ねられてきた「悪政」と、それを許容してきた「悪社会」の、極めて人為的な帰結である。

思い返せば2008年の”派遣村”は、日本がすでに階級社会へ足を踏み入れていたことを可視化した象徴だった。あれから十数年、日本は反省するどころか、より洗練された悪質度で同じ愚行を繰り返してきた。非正規雇用は拡大し、正規雇用は神話化され、落ちたら最後、ほぼ戻れない「アンダークラス」が900万人規模で固定化した。

Q1・Q2論文で繰り返し示されているのは、格差が一定水準を超えると「努力は報われる」という物語が機能不全を起こす、という冷酷な事実だ。努力が報われない社会では、人は挑戦しなくなる。これは心理学でいう「学習性無力感」そのものだ。日本社会はいま、国家規模でそれを量産している。

平均年収216万円。正規雇用の半分以下。結婚できない、子どもを持てない、老後は無年金に近い。それでも「働いていないわけではない」。この矛盾を前にして、なお「自己責任」と言えるなら、相当な精神的鈍感力が必要だろう。ある意味、日本で最も鍛えられてきた能力かもしれない。

とくに深刻なのは、女性とシングル世帯だ。非正規女性の5割超、シングル非正規女性の多くが、社会から「見えない存在」として扱われてきた。Q1論文では、こうした不可視化が貧困をさらに深刻化させ、医療・教育・年金の全領域で将来コストを爆発させることが示されている。つまり「助けない社会」は、あとで必ず高くつく。

それでも日本のマスゴミは、「年金5〜10万円で丁寧に暮らす」という美談を量産する。そしてそれは負け組貧困層の月額12〜15万円で暮らす貧困層の人々の不満を、彼らより私の方がまだマシと安堵・我慢させる。構造の欠陥を、個人の生活術で上書きする。これは合理性ではなく、精神論の再配達だ。送料無料で。

そして、最も危険なのが政治との関係である。格差を拡大し、非正規を固定化し、再分配を渋り続けてきた政党が、なぜか若者から8割近い支持を得ている。この異様さを、私たちはもっと直視すべきだ。

なぜ、日本社会をここまで疲弊させ、貧困を固定化させてきた政策を続ける政党が、若者から「支持8割」という異様な数字を叩き出すのか。この問いに真正面から向き合わずして、日本の未来を語る資格はない。

まず大前提として、これは「若者が愚かだから」である。まさに、現代教育の崩壊(無価値)を意味する。Q1・Q2論文が一貫して示しているのは、将来不安が極端に高い環境では、人は合理的判断を失う、論理思考を放棄し感情に走るという事実である。

若者の目に映る日本社会は、こうだ。
・正社員になれても安心できない
・非正規は一生這い上がれない
・年金は期待できない
・税と社会保険料は上がり続ける
・努力と報酬は比例しない

この状態は、心理学的には「慢性的コントロール喪失」に分類される。自分の行動で未来を変えられるという感覚が、早い段階で破壊されている。このとき人はどうなるか。希望に基づく長期思考を捨て、不安を一時的に麻痺させてくれる物語を求める。それが、「強い言葉」「断定的な主張」「敵と味方が明確な世界観」「目の前の得・金」だ。

「難しい話はいい」
「誰かが悪い」
「自分は被害者だ」

これらは知的退化そのものである。自分の信じたいモノダケを信じる目の前ダケの生存戦略である。

Q1論文では、格差社会が進行すると、若年層ほど「複雑な政策議論」を忌避し、「即時的な感情的納得」を優先する傾向が強まることが示されている。つまり、丁寧な説明ほど届かず、雑なスローガンほど刺さる。

さらに日本特有の問題が重なる。それは「政治が何も変えなかった」という長年の学習経験だ。選挙に行っても、声を上げても、結局、雇用は改善されず、非正規は放置され、自己責任論だけが強化された。

この繰り返しは、社会全体に政治的学習性無力感を植え付けた。「どうせ誰がやっても同じ」「考えても無駄」この状態で若者が選ぶのは、「せめて気分が晴れる選択肢」だ。

だからこそ、
・再分配を語らない
・雇用の構造問題に踏み込まない
・自己責任を前提にする

そうした政策を掲げるポピュリズム政党が、逆説的に支持される。現実を変える力がないなら、せめて現実を否定してくれる出来ない理想論を語る言葉が欲しいからだ。ブラックジョークのようだが、ここで重要なのは、若者支持8割は“希望の表明”ではなく、“絶望への適応”だという点である。

Q2論文では、社会的セーフティネットが弱い国ほど、若年層が「短絡的だが情緒的に強い政治的選択」をしやすいとされる。日本は、まさにその教科書的事例になりつつある。

さらに悪いことに、この支持構造は自己強化型だ。支持されることで、その政党は「若者の味方」を名乗り、実際には若者を苦しめる政策を続ける。その結果、若者の生活はさらに不安定になり、より強い言葉を求め、支持はさらに固まる。・・・かつてのドイツのナチス党と全く同じ政治手法である。

これは政治ではない。心理的依存関係だ。そして最も危険なのは、この現象を「若者の未熟さ」で片づける態度である。それこそが、問題先送りを正当化する最終防衛ラインだからだ。

若者は敏感に察知している。この社会が、自分たちを長期的には救わないことを。だからこそ、「未来」ではなく「今の感情・損得」を選ぶ。それは間違いではない。だが、極めて危険だ。

この国は今、貧困を生み出す政策を支持し、その支持の理由が「考える余裕を奪われた結果」であるという、二重の悲劇の中にいる。若者支持8割とは、この社会が若者に与えた希望の量を示す数字ではない。奪ってきた希望の総量を示す数字なのだ。

もしこの構造を理解せず、「人気があるから正しい」「若者が支持しているから未来がある」などと考えるなら、それは民主主義への最大の侮辱である。

これは警告だ。若者が間違っているのではない。若者を、ここまで追い込んだ社会が、すでに危険水域にあるのだ。

Q1論文では、将来不安が強い若年層ほど「単純で断定的なメッセージ」に引き寄せられやすいことが示されている。「複雑な現実」より「分かりやすい幻想」を選ぶ心理だ。希望が足りない社会ほど、強い言葉に酔いやすい。これは若者の幼稚さではない。追い込まれた結果だ。

問題は、その支持が「自分の首を絞める政策」につながっていることだ。雇用は不安定なまま、賃金は上がらず、社会保障は削られ、最後は「自己責任」で片づけられる。その未来が見えていながら、なぜ支持するのか。答えは簡単だ。もう考える余力すら奪われているからだ。

こうして日本は、「悪を悪と感じなくなる社会」へと静かに沈んでいく。問題先送りが常態化し、不合理に慣れ、愚行を許容する。気づいたときには、支える人がいない社会で、支えを必要とする人だけが大量に残る。

これは警告である。アンダークラスの問題は、弱者の話ではない。次に落ちる可能性が最も高いのは、いま「まだ大丈夫だ」と思っている中間層だ!そう貴方自身である。

働いても報われず、助けを求めても届かず、それでも「自己責任」と言われる社会。それを続けることが、どれほど愚かな選択か。私たちはそろそろ、自分たちの鈍感さと真正面から向き合う必要がある。

この国は今、静かな臨界点に立っている。そして残念ながら、愚行はいつも「あとから振り返れば明白」なのだ。

悲しいかな来る2月8日の総選挙は、日本崩落を加速させる選択を日本人は、しそうである。言葉が無い!