力を持つ国は、損得で動く事は当たり前の事!
「はしごは、いつも黙って外される」
私たちは長いあいだ、「アメリカは最後に助けてくれる」という前提の上で生きてきました。それは信仰に近い安心感であり、同時に思考停止の免罪符でもありました。
トランプ大統領によるベネズエラ急襲は、その前提を乱暴なまでに引きはがします。独立国家の大統領を拘束し、連れ帰り、「これは戦争ではない、逮捕だ」と言い切る。まるで法廷ドラマと軍事ドキュメンタリーを無理やり合体させたような展開ですが、問題は荒唐無稽さではありません。そこに一貫した合理性があることこそが、日本にとって最も不都合な現実なのです。
アメリカがグリーンランドを「所有」する必要があるのだと述べ、軍事力も行使する可能性も示唆した。反対する国には関税をかけて圧力をかけまくる。
政治学のQ1論文で繰り返し示されているのは、「大国は理念ではなく費用対効果で動く」という冷徹な事実です。トランプ流に言えば、民主主義も人権も「原価計算表の一項目」にすぎません。
彼の第一原則は投資対効果。長期介入で金と血を垂れ流すより、短期・限定・象徴的な行動で最大のメッセージを出す。ベネズエラはその意味で“安い教材”でした。一日で終わり、世界に恐怖を配達でき、しかも石油という実利までついてくる。まさにコスパ最優先の地政学です。
第二原則は、いわば「ドンロー主義」。アメリカは西半球だけを見る。東半球は知らない。ウクライナはEUで処理してくれ、台湾?それは“検討事項”だ。Q2論文が指摘する「同盟の非対称性」が、ここではっきり形をとります。守る側は選べるが、守られる側は選べない。日本はその不利な側に、静かに固定されています。
第三原則は、力による国際政治。ルールより腕力、正義より重量。世界はG2、つまり世界を2分してアメリカと中国で回せばいいという発想です。この視点では、日本は「価値を共有する仲間」ではなく、「特に重くもなく、軽くもない付属物」に過ぎません。
ここで日本人が陥りがちな矛盾があります。「アメリカは民主主義の守護者だから、日本を見捨てないはずだ」それはアメリカの本質を無視した思考です。アメリカ、特にアメリカを支配するユダヤ系とアングロサクソンは損得での価値が全てです。——同盟、なんて歴史上は何時も損得のみで破棄されてきました。同盟を信じぬく事は、それは願望であって、分析ではありません。
社会心理学の高評価論文が示す通り、人間は不都合な兆候を見ても「今回は例外」「前も大丈夫だった」と正常性バイアスでやり過ごします。日本社会はこれを国家規模でやってきました。問題は先送り、責任は分散、危機は想定外。そして最後に「遺憾です」で幕を引く。
アメリカという張り子の傘は、晴れているうちは立派に見えます。しかし嵐の中で開けば、骨組みの脆さが一気に露わになる。しかも傘の持ち主は、「それ、自己責任でしょ?」と言って立ち去るかもしれない。
台湾有事が起きたとき、アメリカは本当に日本の期待どおり動くのか。Q1論文が冷たく教える答えはこうです。「動くかどうかは、日本の安全ではなく、アメリカの損得次第」
属国であること自体が、すぐに悪なのではありません。本当に危険なのは、属国であることに慣れ、
それを疑う思考まで手放してしまうことです。
はしごは、音を立てずに外されます。落ちてから気づいても、下には誰もいません。それでも私たちは今日も言います。「まあ、なんとかなるでしょう」と。
——その“なんとかなる”が、一番なんともならない言葉だと知りながら。