安く、速く、賢い車が世界を走る時代に、私たちはまだ「次の会議で検討する」と言っている
かつて「ものづくり大国」と呼ばれた日本。その名残は今も口癖のように残るが、現実は“悪慣れ”の沼に沈みつつある。2026年、ついに中国のBYDとGeelyが日本の軽自動車やミニバン市場に乗り込んでくる。ガラパゴス化した日本市場に、世界最強のコスパ軍団が上陸するのだ。
BYDの新型軽BEV「ラッコ」は、2026年夏ごろの発売予定だそうだ!航続距離200〜250km台、価格は補助金込みで200万円を切る見通し。総務省の統計では軽乗用車の平均価格が163万円だから、ガソリン車とほぼ横並びだ。これを“脅威”と感じない国があれば見てみたい。
なにしろ、BYDは電池から車体までを自社一貫で生産し、無駄のないサプライチェーンを構築している。日本のように部品メーカーを何層にも挟み「系列」で固めた構造では、同じ土俵に立つことすら難しい。
一方、日本勢はどうか。スズキは「Vision e-Sky」という試作軽EVを公開し、「他社を見ながら価格を検討する」と控えめに語る。要するに、様子見だ。トヨタは「カローラEV」構想を示したものの、動力源すら明かさない。まるで時代を観測するだけの“観客国家”になってしまったようだ。
蓄電池性能では中国のBYDやCATLは圧倒手に優位でありICE車と比較しても蓄電池のデメリットは全てクリアしているので・・EV性能では日本メーカー製の蓄電池では太刀打ちできない。AI自動運転のADAS性能に付いても日本メーカーは他国よりこのシステムを買うしか他に方法が無い。当然原価はさらに高くなる。
EV普及率を見ても、すでに世界平均で22%に達している。日本は先進国で最下位。新車販売に占めるEV比率はわずか1〜2%。欧州ではすでに30%前後、中国では57.2%を超える。充電インフラの整備も遅れ、しかも超低性能のチャデモと云うガラパゴス規格は日本ダケ!補助金政策も場当たり的。なのに、街角では「EVはまだ早い」「災害時に不安」といった声が根強い。まるで“変わらないこと”に安心する国民性が、技術革新そのものを拒んでいるかのようだ。
興味深いのは、すでに中国ではBEVの価格がガソリン車(ICE車)と同等か、それ以下になっていることだ。BEVの電費や修理代等々の維持費はICE車より遥かに安い(1/3以下)ので・・同じ値段なら遥かにBEVの方が経済的である。
2025年中国でのBEV価格1〜9月期の平均価格は約14万2000元(約284万円)で、わずか1年で1割以上も下落。装備はフルオプションが標準価格、OTA(無線アップデート)で常に最新機能に自動的に更新される。対して日本のICE車の平均価格は軽四を入れても300万〜350万円台+オプション費20〜50万円。しかもソフトウェアは更新できず、購入した瞬間から“時代遅れ”が始まる。
皮肉なことに、こうした遅れを「安全性」や「信頼性」の美名で正当化するのが日本の得意技だ。しかし、世界の競争軸がハードからソフトへ移った今、昔ながらの職人魂では勝てない。EVとは「動くスマートフォン」であり、AIとソフトウェアが中枢なのだ。
では、なぜ日本はここまで“悪慣れ”してしまったのか。
@ 問題を先送りし、「様子を見よう」が口癖の政治と産業。昭和の価値観で昭和のジジイが日本を支配
A 「前例」と「安全策」に埋もれて、新しい挑戦が罪悪視される社会風土。
B そして、企業も国民も「今だけ、金だけ、自分だけ」の短期思考に慣れ切ってしまったこと。
こうした悪慣れが、世界との距離を静かに広げている。かつての技術立国・日本は、いまやEV後進国として“技術の孤島”に取り残されようとしているのだ。Japan Mobility Show2025に出展している大企業の出展内容やプレゼンを見ても・・昭和・・のママで目新しい技術プレゼンは無しである。創業者の美化や過去の栄光ばかりを宣伝して未来感が有るプレゼンは皆無の状態。しかも映像や写真を見ると見学者がとても少ない様にも感じる。
BYDの登場は、日本社会への“現実通知”である。安く、速く、賢い車が世界を走る時代に、私たちはまだ「次の会議で検討する」と言っている。だが、その会議が終わるころ、世界はもう次の時代を走り去っているだろう。
イーロンマスクなどは”自動車の時代を終わらせる”と宣言をしている。AI時代(今)2026年末のエマージェントアビリティー越えの爆発進化⇒AGI(2027〜2028年)⇒ASI(2029〜2035年)時代を考えれば、自動車の時代は5〜10年以内に終わる事が容易に推定可能である。このAGI以上のプラットフォームは全ての産業、AGI以上の恐ろしさは、”AGIが自ら思考する”と云う天と地ほどの差である。全ての人間生活のプラットフォームになる恐ろしさを日本人ダケが知らない。
世界の勝ち組中の勝ち組企業が社運をかけてのAI開発支出が主要10〜20社程度で2024年で約1兆ドル(約155兆円)、2025年には約1.5兆ドル(約232兆円)へと急拡大し、2026年には推定300兆円を軽く超える事が色濃く予測される。方や日本企業は日本全体でも2025年のAI投資額は1兆円にも届いていないと予測される。
エビデンスを重要視する私としてはAIに検証させたが、AIも日本国全体での2025年のAI投資額はアメリカの1/120程度であり、日本国全体で合計、数千億円(5千億円前後)から最大でも 1兆円程度と答えて来た!
日本人だけは10年後もガラパゴス化して世界に置いてきぼりのド中古車だらけの老人の暴走突っ込み事故や逆走事故多発の自動車社会を続けているのかも知れないね!
問題を先送りする癖が国家の体質となったとき、競争は終わる。悪慣れした社会とは、変化を恐れ、衰退を受け入れる社会である。軽自動車に未来を託す――それ自体は悪くない。だが、軽いのは車だけにしてほしい。意思まで軽く幼稚になれば、未来は本当に“軽く”消えてしまう。
国民の命を軽んじる日本のリーダー、日本人は上に行けば行くほど劣化人間となる歴史も厳然と存在する様だ!例外的に少数の創業者のみが昭和の日本を発展させたが・・世代を次ぐ内に、劣化度が激しくなってしまった!
チャレンジの失敗を許さず!運悪く溺れてしまえば、上から寄ってたかって日本人全体に棒でたたかれる。不思議すぎる世界でも冷酷な国になってしまった。(私も上から棒でたたかれまくった経験者の1人である)
冷酷は、わが身に返る、天のツバ・冷酷自覚、出来ず悲しき ミサゴの眼の無い日本人!