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日本人は痴呆症なのか!心配になる!日本人は妄想家なのだろう!

悪慣れ国家の危うさ 〜飛び降り癖が抜けない日本人〜

人間というのは、火事を見れば避難し、道に穴があれば迂回するものだと思っていました。ところが、日本の歴史を眺めると、どうやら私たちは「穴を埋めずに慣れる」ことに長けているらしい。危険が常態化すれば、それを危険と感じなくなる。満州事変から太平洋戦争に至る流れは、その典型です。

1931年、満州を占領して傀儡国家を作ったときも、「これで何とかなる」と思ったのでしょう。泥棒が最初の一軒目で味をしめるように、1937年には日中全面戦争へ。世界が見れば火事場泥棒ですが、日本の中では「やれるときにやっておけ」という空気が支配していました。

そして、資源が必要になると、敗戦国フランスの植民地・インドシナへと兵を進めます。これまた「今しかない」との判断。問題は、こうした判断がすべて短期的利益と場当たりの積み重ねだったことです。計画ではなく、反射で動く。将棋で言えば、数手先ではなく一手先しか見ない指し方。

アメリカが石油輸出を止めたとき、日本は冷静に立ち止まるどころか、「資源が尽きる前に勝負を」と真珠湾へ突っ走ります。当時の首相・東條英機は「人間、たまには清水の舞台から目をつぶって飛び降りることも必要だ」と言いましたが、問題はその飛び降り先がコンクリートだったことです。しかも助走をつけて全員で飛んだ。結果、約310万人の日本人が命を落とし、アジア太平洋全体では少なくとも1500万の命を奪った。これが「飛び降りの代償」です。

歴史的に見れば、日本の暴走を止められる瞬間はいくつもありました。国際社会の宥和姿勢、アメリカの遅れた対応、日本国内の批判の封じ込み。そのすべてが「見て見ぬふり」と「今さら変えられない」の合わせ技で機会を逃しました。まるで壊れた水道管から水が漏れているのに、「今日は大雨だから大丈夫」と放置するようなものです。

問題は、この「放置と慣れ」の構造が現代の日本にもそっくり残っていることです。少子高齢化は半世紀前から予見されていましたが、今も有効な対策は先送り。財政赤字も「国債を刷れば何とかなる」と思い込み、構造改革は不人気だから手をつけない。自然災害のリスクも「まあ次の世代が考えるだろう」で棚上げ。歴史から学ばないどころか、「学ばないこと」に慣れてしまったのです。

そして恐ろしいのは、この悪慣れが一度染みつくと、本人はそれを悪いと思わなくなることです。昭和の戦争指導層は「一度始めた戦争は途中でやめられない」と信じ込みましたが、現代の政策決定層も「一度決めた予算や制度は途中で変えられない」と信じています。違うのは戦争か社会保障かというテーマだけ。意思決定の癖は同じです。

その当時の日本のリーダー層は広島、長崎に原爆が投下され、日本中がまる焼けになった状態で、戦うための兵器も無く、エネルギーも無く、食料も無く・・全部あらゆるものが無いにも関わらず「1億玉砕」なんて叫んでいたのです。

当時の首相の鈴木貫太郎の軍部排除で天皇との全面降伏の8月15日の玉音放送が無ければ・・日本はさらに原爆6個を投下され、それでも降伏しなければアメリカの計画によれば原爆がさらに30個程が投下される事になった可能性が有るのです。その場合日本人その物が地球上から消えていた可能性さえ有るのです。

本来なら、危険の芽は小さいうちに摘むのが賢明です。だが日本は、芽が伸びて花が咲き、実が腐って悪臭が漂っても、「まあ、昔からこうだから」と言って放置する。これはもう文化というより病理です。そしてこの病理は、外圧か大惨事が起きない限り治らない。歴史がそれを証明しています。

戦争世代が残した教訓は、「無謀な飛び降りをしないこと」でした。しかし現代日本は、違う形の飛び降りを繰り返しています。年金制度の持続性という断崖、地震リスクを抱えた高層マンションという崖縁、AI・EVの世界競争から取り残される産業構造という落とし穴。私たちはそれらを見ながら、「まあ大丈夫」と笑っている。かつて戦争へ突き進んだ時と、あまりにも似ています。

清水の舞台から飛び降りる覚悟は時に必要かもしれません。しかし、その舞台が腐っていて、下が溶岩地帯なら、飛ばない勇気の方が大切です。歴史を学ばない国は、また同じ舞台に立たされ、同じように目をつぶって飛ぶでしょう。そして落ちた先で、また「想定外だった」と呟くのです。

そして、その時代の政治家は、歴史書の巻末でこう評価されるでしょう。――「この国の為政者は、清水の舞台から飛び降りる才能にかけては世界一だった」と。世界の歴史家は微笑みながら付け加えるかもしれません。「ただし、一度も着地に成功したことはなかった」と。

私も日本人!日本人は凄いぞ!優秀だ!と叫びたい!しかし、近代史を見る限り、私の希望とは真逆の事を多発させてしまうのが悲しいかな今の日本人の実態ですね!