「世界ロボット大会」・・・日本は存在感ゼロ
AI→AGI→ASI(人工超知能)の時代が来れば、日本の時代遅れの高等教育の価値が全く価値を持たなくなると云う現実となる。”東大卒!”そんなの使えない不採用!・・・となる可能性が高い。
その理由は⇒子供のころに過酷な迄にIQ力を高めるとEQ力は退化すると云う人間の頭脳特性が有る事が理由!
ロボットが踊る国と、盆踊りで足踏みする国
北京で開かれた「世界ロボット大会」。2025年8月8日、50社がヒト型ロボットを披露した。昨年の27モデルから倍増し、会場ではボクシング、サッカー、ブレイクダンス、果てはポップコーン盛り付けやカクテル作り、落とし物拾いまで、人間顔負けの動きが目を奪う。
2024年末時点で世界220社超がヒト型ロボ関連製品を発表。その半分は中国企業で、米国は20%。性能上位には中国数社、米テスラ、韓国の現代自動車グループ、ボストンダイナミクス。日本は…残念ながら「ゼロ」。我が国は高齢化で人手不足を叫びながら、人型ロボ市場には存在感すらない。
中国は早くも2021年に「2035年までにロボット産業で世界先端へ」と国家方針を打ち出し、地方政府も成長目標と投資を積み増した。背景にはEVで培ったAI頭脳(ECU)、センサー、駆動装置、バッテリー供給網をロボットに転用する戦略がある。関節モジュールの寧波拓普集団、指先精密動作で世界最高とされるテスラ。人型ロボットのコストも中国部品ならBEVと同様に原価を3分の1に抑えられる。米国の駆動系部品企業が18社なのに対し、中国は21社。数字の差はそのまま勢いの差だ。
AI等のソフト開発能力最遅の日本の企業、そしてハードダケは得意だったはずの日本も、そのハードさえ世界に全く採用されなくなる現実が目の前に色濃く見え始めた。そのハードの代表格は半導体やECUのハード部分である。現在、市販BEVの最高ECUの演算能力はシャオペンの2500TOPS・・テスラが720TOPS、通常の中国車が約250TOPS前後(トヨタのBZ5はこれを借用)日本企業単体では50〜100TOPS程度(系列下請けに外注)
注:TOPS⇒1秒間に何兆回の計算をできるかを示す「TOPS」。人工知能(AI)の指標としても使われ、値が高いほど高性能!さらに進み1ワット(W)で毎秒1兆回の演算処理をどのくらいできるか表す「TOPS/W」の指標が重要とされている。テスラはこれに拘ってECU開発をしている。人間の頭脳は20W程度、テスラのECUは500W程度、2025〜2026年搭載予定のテスラのハードウエァー5は10倍の性能で1000W程度を目指しているとの事である。
このECUのTOPSの性能向上は、デジタルカメラの画素数向上と瓜二つの時系列をだどるのだろう。自動運転レベル5に必要な演算能力は1000〜1500TOPSと言われている、すでにハード的には全く自動運転レベル5は問題ないレベルに到達している。
さらにこれら移動型のAIディバイス(ロボットやBEV等)に使う蓄電池に云ったては中国のCATLやBYD等が世界ダントツブッチギリ!!!レアーメタルもブッチギリ!中国優位
一方、日本。世界から超遅れて2025年度に「AIロボット協会」を立ち上げるというが、ホンダのASIMO(1996年12月に発表)はすでに開発終了。今やヒト型ロボットを開発しているのは川崎重工業のみとされ、その性能は発表すらできない水準と推定される。まるで文化祭の劇で「まだ衣装ができてません」と言い訳する高校生のようだ。
このままAI→AGI→ASI(人工超知能)の時代が来れば、世界は「できる人型ロボ」と「できない+動かない国型ロボ」は頭脳AIの性能差により分かれるだろう。残念ながらAI最遅の日本は後者の代表候補だ。
「できる人型ロボ」と同様に今の自動車も確実に走る目的のAIロボットその物となる事は間違いない!
AIの負の側面は@ エネルギーさえ供給すれば自律的に成長を延々とすると云う事である。当然の事だが近未来ではA ロボットがロボットを生産する事になる事は間違いない事!、この@とAを足した答えの先には・・答えとして「産業界で人が不要になる」事を意味する。
すでにマイクロソフト等の4兆ドルオーバーのAI勝ち組企業は過去最高益であり、過去最高利益を出しているのに順次数千人以上のリストラを開始している。少なくとも、たった数年後には現在の従業員を半分以下にする事は間違いない事である。
日本は時代遅れの超非効率な村社会的構造が温存され、「失敗を避けるための挑戦回避」という伝統芸を守るあまり、技術競争から降りてしまう。新しい芽は、会議で「前例がない」と摘み取られ、責任を取りたくない人々の机上で干からびる。
こうして問題は先送りされる。かつては「先送りすれば高度成長が解決してくれる」という甘い経験則があった。だが、人口減少・高齢化・人材流出の今、その方程式はもう成り立たない。それでも「今はまだ大丈夫」と悪慣れし、危機を日常の風景に変えてしまう。カエルはもう茹で上がっているのに、「まだぬるま湯だ」と笑う国民性は、AI時代には命取りだ。
市場予測では、ヒト型ロボットの世界出荷台数は2025年に1万8000台、2030年には100万台、2060年には30億台に達するとされる。人口100億人の世界で、人間3人にロボ1台が働く時代が来る。日本はそのロボを輸入して使うだけの国になるのか、それとも作る側に回れるのか。
しかし現状を見る限り、我々は「最新鋭ロボを海外から購入し、村社会の中で便利に使うが、自分では開発せず、基幹部品やソフトは外国製」という未来に向かっている。情報はすべて海外のAIに吸い上げられ、気づけば「町内会の回覧板」まで外国製AIが翻訳しているかもしれない。
もしそれを危険だと思わないなら、それこそが最大の危険だ。技術で世界を動かす時代に、「和を以て貴しとなす」を理由に変化を避け続けることは、平和でも美徳でもなく、ただの緩慢な衰退だ。
日本が失っているのは時間だ。そして時間は、AIが最も効率的に奪っていく資源でもある。気づけば、「次の時代を作る会議」から日本の席がなくなっている。ロボットは世界を駆け回り、我々はまだ村の盆踊りで足踏みを続けている――その踊りが、江戸時代の百姓の様に1年に1度の最後の慰めにならないことを祈るばかりだ。