悪慣れは・・国を亡ぼす!歴史上の不変であり普遍の法則
「技術は盗まれ、心は使い捨てられた——“ものづくり日本”が壊れた真の理由」
2025年の中国国内の自動車生産台数予測は中国汽車工業協会(CAAM)、2025年の新車販売が約3,290万台(前年比+4.7%)、うちNEV販売が1,600万台(前年比+24.4%)新エネ車は約48.6%と見込まれています。
方や日本国内の自動車総生産台数は約900万台前後で約半分450万台前後を輸出・・NEV比率は2%前後。
日本の製造業の凋落「技術立国ニッポン」は、いつの間にか“技術を盗む競争の国”になってしまったらしい。大企業は町工場が必死で編み出した知恵や技術を平気で盗み!下請けは用済みになればゴミクズの様に捨てられる。経済誌では「失われた30年」なんて表現が使われるけれど、実態は“自ら捨てた30年”だったのではないか。
この事と同様の事例は書籍「トヨトミの野望」の中にも詳しく書かれている。
かつて世界に誇った日本の製造業。その屋台骨を支えていたのは、町工場の職人たちだった。私の知り合いもその一人だった。35人ほどの小さな工場でも、ミクロン単位の精度で加工する技術を磨き上げ、海外メーカーからも高い評価を受けていた。でも、そんな誇りも親会社の根拠無き「コストカット」と「グローバル戦略」「(大企業ダケの)効率主義」の名のもとに、風前の灯火になっていった。
2000年代、派遣法が緩和され、製造現場には非正規労働者があふれた。「現場力」が日本の武器だったはずなのに、その現場が崩された。さらに、製造拠点の海外移転。職人の技ではなく、「人件費の安さ」で競争する時代に突入した。結果、自動車産業を中心に88万人が影響を受け、町工場の多くが消えていった。
中堅企業でも大企業の繰り返されるコストカットで生き残りをかけて断腸の思いで長年苦楽を共ににした熟練工をリストラした。その熟練工に目を付けたのが中国の製造業の経営者である。日本の技術をタダで手に入れ、この20年余で怒涛の成長をした。
中国・BYD(比亜迪汽車)が買収した高精度な自動車ボディ用金型技術を持つ日本の金型メーカー、株式会社オギハラ(Ogihara Corporation)の群馬県館林工場の買収事例等を見れば明らかな事である。
しかも、日本の大企業ではコスト優先で“技術”まで置き去りにされた。いや、正確に言えば「盗まれた」のだ。大手企業が視察と称して最先端技術を持つ町工場にやってきては、工具や工程をじろじろ観察。挙げ句の果てに職人に名刺を渡し、「ウチで働かない?」と耳打ちする。まるでスカウトという名の強奪だ。
下請け企業として発注しながら最先端技術を持つ町工場の技術を丸ごとコピーして盗み取り用済みとなれば情け容赦なく簡単に切り捨てる事も平気でやって居た様である。この事も・・「トヨトミの野望」・・の中に書かれてある。
中小企業が対抗できるはずもない。せいぜい「競業避止義務」の誓約書を交わすくらい。でも、そんな紙切れ一枚で職人の流出は止められない。なにしろ、給料も待遇も大手の方がずっといい。誰が子どもの将来より町工場の社長の信頼を取るだろう。
実際、バブル期には工場長がごっそり職人を連れて隣町に独立。しかも工具まで持ち出された。この“裏切り”を機に、中小企業の社長は「分業制」を敷いた。全工程を一人に教えない。最終工程と見積もりは社長の自分だけで担う。つまり、「全部知ってる人」をつくらない。なんとも悲しい自己防衛だった。
こうして、技術の継承や鍛錬は止まり、心の信頼は削がれ、日本の職人の背中からは誇りや使命感が抜けていった。
それでも、中小企業には希望がある。人と人の距離が近く、柔軟で、臨機応変。大企業のような会議室文化はないけれど、その分、誰かのアイデアがすぐ形になる余地がある。人は少ない。お金もない。でも、志と工夫だけはある。もう、そんな昭和の中小企業は皆無なのだろう。大企業に云われたことダケを何も考えずに何も工夫せずに必死にやる奴隷の様な中小企業しか日本には無いのだろう。
日本の技術が得意なのは、「1を10にする力」や「精密な模倣技術」。でも、「0から1」は苦手。なぜか? 答えは簡単。「失敗を許さない国」だから。学校でも、会社でも、「間違えないこと」が最優先。自由な発想なんて育ちっこない。
そんな社会で育った私たちが、どこかで倫理や道徳や情熱を失っていくのは当然かもしれない。「人を大切にする」より「効率」「利便性」「コスパ」を優先し、「ものづくりの魂」なんて、広告のキャッチコピーの中にしか残っていない。
昭和の時代の町工場では、職人と社長が一緒に麻雀を打ち、社員の家族迄同行する様な社員旅行でバスに揺られ、鍋を囲んで笑っていた。あのぬくもりが、技術を育て、仲間の絆を強くし、苦境に踏ん張れる人を支えていた。今はどうだろう? 評価は数値で、交流はチャットで、退職はメールや退職代行で。人間が見えない社会に、真の価値有る”もの創り”の未来が見えるのだろうか。
AIがどんなに進化しても、ミクロン単位の微妙な加工は、職人の勘と感覚には敵わない。ましてや、その背後にある「信頼」や「責任感」までは、AIには再現できない。
金第一、効率第一、結果第一の目的の為に平気で技術を盗む前に、まず心を育ててほしい。強欲な企業や、悪に鈍感になった社会では、真の技術は育たない。私たちが「慣れ過ぎた悪」に気づき、立ち止まること。それが出来ない今の日本人、“ものづくり日本”を再生させる事は不可能な事だろう。
大企業の大組織のたった1つの歯車となった・・大企業社員には絶対に理解出来ない事(理解出来たら大企業の組織の中では苦しくて生きられない)なのだろう。また、人間的な絆など必要無いのだろう。私も、それなりの大組織で切り捨てられた経験を持つから、その強烈な痛みは経験を通して実感できる。
ワールドハピネスリポートで日本人が毎年、毎年、先進国最低、主要国最低のランキング2025年版 World Happiness Report(幸福度報告書)において、日本の幸福度ランクは 55位 さらに日本の順位を・指標の1つの健康寿命を除くと、およそ80位前後(推定)になっている事からも上記の事は・・・日本人の劣化、悲しき民族の証明となるのだろう。
人間社会の円満度や幸せに直結する指標の1つのD 寛容性(Generosity)寄付などの利他行動、寛容な社会性は非常に低位(130位前後)となる事からも・・・今の日本人は・・・冷徹の民と言えよう。
これは・・エビデンス有るデーターを元に論じている事実であり、結果である。この事実を理解し、受け入れられ、反省出来る人間でなければ・”真に優しい人間=幸せな人生”・に成れるハズも無い。