環境が違う⇒教育が違う⇒考え方が違う⇒正義が真逆⇒行動が真逆
「時速70kmで突っ込んでくる未来」オッカムの法則通りの・・シンプルが何より強い!原理原則!
「お、おい、電動バイクが、本当に10万円で買えるのか? しかも航続距離200kmも走るって!冗談だろ?」
ベトナムの電動バイクが、日本の道路に現れたら。そんな「冗談のような現実」が、いよいよ目の前まで来ている。新興EVメーカー「ビンファスト」が送り出す『エボ・グランド』。たった10万円台で、1回の充電で200km以上も走行できるというのだから驚きだ。スマホ連動のアプリ機能付き、防水・大容量収納付き。バッテリーは着脱式で、2個使えば262kmも走る。通勤・通学はもちろん、週末ツーリングまでこなせる。
一方、我らがニッポン代表の電動スクーターたち。ホンダのスタイリッシュな新型は「先進的なデザイン」が売り文句。しかしお値段、堂々の52万8千円。公称航続距離は57km…って、「ビンファスト」『エボ・グランド』の1/4程度、価格ダケは5倍の高額。軽トラでも買えそうな価格ですやん。ヤマハはどうか? はい、31万円オーバー。満充電での航続距離は約32km、うーん、ビンファスト1/7しか走らん!価格は3倍ですな。
ベトナム製が「安かろう悪かろう」なら笑って済む話だが、性能面では日本車と互角かそれ以上。デザインもネオレトロで悪くない。IP67防水、前後ブレーキ、収納35Lと、きちんと「生活者の目線」で設計されている。そして価格は3分の1。これがまさに、今の日本の製造業の“鏡”ではないだろうか。
いやいや、日本には品質がある、日本にはブランドがある、日本には「職人の技」がある——そう言っていたのは、いつの時代の話だったのか。気がつけば、世界は“使える電動バイク”を、“使える価格”で作れるようになっていた。しかも、その中心は東南アジアや中国やベトナムなどの「ニューエコノミー」だ。
そして私たち日本人はと言えば、今日も「環境は大事」と言いながらHV(ハイブリッド)を崇め、ガソリン車に乗り続ける。まるで、沈みゆく船の上で高級な和傘をさしているようだ。風情はあるが、未来はない。
日本の自動車業界もバイク業界も、まだ「過去の栄光」にすがっている。燃費改善と無駄なラインだらけのCd値最悪化した顔つき変更を「新型」と呼び、10年前のパーツを流用し、「安全性」を中身無しで口先だけの言い訳に価格はどんどん上がっていく。「誰のための未来」なのか、もはやわからない。
日本の企業が日本人を世界で最大に搾取(平均の3倍以上)してどうするんだと!!!叫びたい!
若者は買えず、高齢者は運転を卒業し、労働人口は減少中。その上で「電動化」は海外任せ。「デジタル赤字」は年々拡大。AIも自動運転も「導入検討中」のまま時が過ぎていく。まるで日本という国そのものが「ノーアクセル・フルブレーキのまま坂道を下るバス」だ。
こんな状況でも、日本社会はなぜか笑っている。「まあ、そのうち何とかなるさ」「政治が悪い」「老後が不安」と、責任を空中分解しながら、先送りスキルだけが熟成されていく。かくして私たちは、便利で安価な選択肢が目の前に来ても「それは外国製だから」と顔をしかめ、そして国産を買えない現実にまたため息をつく。
環境時代に逆行し、価格競争に敗れ、技術革新にも取り残される。それでも「ニッポンは技術立国」と自分を鼓舞するこの姿は、もはや風刺漫画である。84年前の日米の戦闘力格差トータル差82.80倍・米優位にも関わらず、「鬼畜米英恐れるに足らず!」の自爆確実の戦争を仕掛けた妄信メンタリティーと全く同じである。
今こそ問いたい。「鬼畜」だったのはどちらの国民か?・・
私たちは、「使えないけど国産」か、「現実的で生活にフィットする外国製」か、どちらを選ぶ時代に生きているのか。モビリティーの選択は、実は日本の未来の選択なのかもしれない。
このままでは——気がつけば、ベトナム製バイクに乗った配達員に、自分たちの「未来」まで運ばれていくかもしれない。そのとき私たちは、後部座席で静かにこうつぶやくのだろう。
「国産、がんばれよ……」。だが、そのつぶやきは空しい!・・・日本の古すぎる構造体質では1/3価格でなおかつ高性能と競争するのは無理!、確実に無理!これは中国製のAI-BEVと全く同じ事が言える。