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日本で医療費が爆増する理由の1つ⇒プロの医者が居ない

■3分診療と3秒理解:日本医療の持続不可能な優しさ!気づけば私たちは、「3分診療」に3秒で納得する国に生きている。

診察室の扉を開けた瞬間、医師の目線はモニター・カルテから離れず、わたしの顔を見るのは「どうぞお大事に」の瞬間だけ見てくれるならまだマシな医者。そんな光景に、もはや誰も文句を言わない。なにせ、たった数百円で“高度医療”が受けられるのだから。ありがたみより、もはや「これが普通」。日本人は「安さ」に甘やかされ、「短さ」に飼い慣らされてきた。

でも、その“ありがたみ”の裏側には、静かに積もるツケがある。

日本の外来診察料は保険適用後、わずか500円〜3,000円。しかも再診なら3分、場合によっては1分で終了。これが「世界に誇る」日本の医療制度…と言いたいところだが、もはや誇れるかどうかすら怪しい。

主要国別:外来1回あたりの医師への支払報酬額(目安)

国名 外来1回あたりの医療機関への支払額(診察のみ) 備考

★日本 約4,000〜7,000円 医療点数で算出(1点10円)、初診料2,880点+αが基準。低報酬・高回転制
★アメリカ約20,000〜60,000円(150〜400ドル)診察内容で変動。自由診療で加算多い。高コスト高収入型
★イギリス約7,000〜10,000円(NHSがGPに支払う報酬)年間契約+診療ごとに報酬支払い。実質は定額+成果報酬型
★カナダ約8,000〜12,000円州政府が医師に直接報酬。点数制ではなく1件いくら方式
★ドイツ約6,000〜10,000円公的保険から医師に支払。複数の診療科目で定額制+加算制あり
★フランス約7,000〜9,000円(26ユーロ×補助+加算含む) 保険者が70〜100%支払う。自由開業医でも報酬標準化
★イタリア   約6,000〜8,000円地域によって公的支払い額に差あり。専門医は別加算あり
★韓国     約5,000〜9,000円日本よりやや高め。CTやMRIによる加算が大きい
★シンガポール 約6,000〜12,000円(私立) 公立病院は補助後も政府が大部分を支払
★オーストラリア約6,000〜10,000円 Medicareが一部または全額支払い。家庭医は定額制もあり

■ポイント整理
日本は世界でも最低水準:診察1件あたりの医師報酬は非常に安く、回転率(数をこなす)で収入を確保するしかない構造です。

アメリカは突出して高額:医師は自由診療で加算や請求が自在。CT・検査も一緒に行うと1回で10万円超えも。

ヨーロッパ諸国は“中程度+丁寧”:報酬はそこそこだが、制度として安定しており、診療時間も長め。

イギリスやカナダは医師が「公務員的」:診療件数よりも年次契約や成果報酬的な設計。

■重要な構造的差異
視点 日本       アメリカ         欧州(独仏など)
★報酬方式
診療点数制(低単価・高回転)自由診療+民間保険請求 診療単価+加算/定額制
★診療時間
極めて短い(3〜6分) 比較的長い(15〜20分) 中程度(10〜15分)
★医師1人診察数
50〜80人/日        15〜25人程度/日       20〜30人/日

日本の開業医などは1日当たり1人の医者が200人の患者を診察したなんて云う事もある。とにかく日本の医療制度では医者は患者診察や相談等に時間を3分程度しかかけられないのである。だから、厚生省の定めた医療ガイドラインをオウム返しして患者に通告するダケの診療となっている。

日本の現実は、年間約45兆円の国民医療費を抱える「重症患者・国家ニッポン」。高齢化でその費用は雪だるま式に膨れ、2040年には約66兆円になるとの予測すらある。

つまり、この“ありがたい制度”を維持するには、もはや奇跡が必要だ。

一方、海外を見てみると様子が違う。たとえばアメリカ。保険なしなら外来一回15,000円〜38,000円という「命の値段」だが、医師は20分も診てくれる。質問をすればちゃんと答えてくれる。検査も丁寧だ。高いけど、丁寧。イギリスやカナダは診察料ゼロだが、数週間待ちはザラ。フランスやドイツは4,000円ほど払えば15分かけて向き合ってくれる。

「時間」と「お金」は等価交換なのだ。

それに比べ、日本では「時間」も「人材」も削ってようやく“安さ”を実現している。でも、それはまるで「家族の時間を削って安月給で働く親」のような自己犠牲型。医師は疲弊し、患者は不安を抱え、それでも誰も声を上げない。それどころか、「この値段で文句を言うな」と自他に言い聞かせる始末だ。

この“悪慣れ”が、じつはもっとも深刻だ。

日本では医療の質を求める声より、「とりあえず安く、早く、薬をくれ」の文化が根を張っている。患者も医者も、すでに諦めの境地。まるで、「問題を直視すると面倒になるから、見ないフリで生きよう」という国民的合意があるかのようだ。

だが、このまま問題を先送りにし続ければ、日本の医療制度は確実に崩壊する。医師のなり手は減り、看護師は疲弊し、診療時間はますます短く、医療費だけは際限なく上がる。それなのに、「3割負担だから」と安心している国民は、その“残りの7割”が国の財政を食い潰していることに気づかない。

たとえるなら、毎日300円で定食が食べられる店があったとして、その店が赤字続きで栄養価などデタラメでも文句を言わずに通い続けているようなもの。しかも「この店、接客が雑になってきたな」などとぼやきながらだ。

いい加減、目を覚まそう。私たちが受けているのは“医療”ではなく、“制度疲弊の象徴”かもしれない。

医療を持続可能にするには、国民も「安さ」の幻想から卒業し、丁寧な医療には対価が必要であることを受け入れる覚悟が求められる。医師の時間には価値があり、診療には手間がかかり、医療制度は“使い放題の福袋”ではない。

そしてなにより、「変える勇気」を持たない限り、日本の医療は静かに死んでいく。

今こそ、「3分診療に3秒で納得する国民性」から、「最低でも10〜15分診療に耳を傾ける社会」へと変わる時ではないか。

そのためには、まず私たち自身が、「長く丁寧に診てもらいたい」と声を上げることだ。そして、「お金を払ってでも、ちゃんと向き合ってもらいたい」と願うこと。それができる国民に、持続可能な医療制度はきっと応えてくれる。

“悪慣れ”は、もう終わりにしよう。