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日本はアメリカと比して効率が1/8しかない事を放置の不思議

50年余も全く変わらない国会運営を見れば・・・如何に”日本人がイカレタ民族”かが良く判る。時代はこの50年で猛烈に効率化され進化しているのに・・・まだ、徒歩投票・・これをバカ、戯け、アホウと言わずになんと言うのか!!!回転ずしでもタブレットで注文(意思表示)可!!!

「困ってます!」と言えば、お金が降ってくる国──ニッポンという名のゆるふわ国家

日本は、世界でもめずらしい“ちょっと変わった福祉国家”である。その特徴とは、「本当に困っていても声をあげない人がいる一方で、困っていなくても堂々と“困ってます!”と叫ぶ人がいる」という、静かなる欺瞞と賢い立ち回りの同居だ。

たとえばある日、ニュースがこう伝える。「国民の6割が生活苦」別調査では7割が生活苦──この数字、眉にツバをつけたくなる。なぜなら、生活に困っているはずのその人が、最新スマホで動画を観ながらカフェでマカロンをつついていたりするのだ。大阪では生活保護費の支給日の翌日にはパチンコやが満杯になるとの事である。以下生活苦と日本人の平均所得サイト

https://news.yahoo.co.jp/articles/cbbd98dfb88922b0afdd34b859a06df9f5747cdd

もちろん、本当に苦しい人もいる。けれど、その声は案外小さい。代わりに響き渡るのは、「もらえるもんはもろとこ」の精神を受け継ぐ、令和版“ちゃっかりさん”たちの自己申告の声だ。

平均値という魔法のフィルター!!政府はそんな声を平均値で聞き取る。「国民の声は真摯に受け止めています」と言いながら、だいたい“平均”で判断するのが通例だ。

でも、平均って意外とインチキである。年収2000万円の議員と、時給1000円のバイトくんが並んだら、平均年収はちょうどいい感じになる。でも、それは“誰にも当てはまらない数字”だ。熱湯と氷水に片足ずつ入れて、「うーん、平均でぬるま湯」と言い張るようなもの。

そうして生まれるのが、「減税」や「給付金」といった“なんとなく嬉しいけど根本解決にはならないバラマキの施策”だ。ちょっと冷静に考えればわかる。供給力が落ちている国で、需要を刺激してどうするのだ。食材が足りてない厨房で、オーダーばかり増やしてどうする。日本はすでに需要過多で供給不足の国に3年前に確実になっている。

ついに天井を突き抜けた「国の借金」とはいえ、そんな施しを政府が続けるのは、国民が「困ってます!」と手を挙げるからである。まるで逆宝くじ。「当たった人」が「困ってる」と言った人。あまりにもナナメ上すぎて、これを“制度”と呼んでいいのか悩むところだ。

そして忘れてはいけないのが、政府の財布事情である。国の借金、実に1400兆円超──もはや兆の次は「京(けい)」と読むのか?と真剣に調べた人も多いだろう。

このままいけば、今の反知性主義の6000万人無責任社会から「1億総無責任社会」に突入するのも時間の問題だ。誰もが「どうせ自分が払うわけじゃない」と思い、ツケだけが未来へ積み上がっていく。

少子高齢化という名の静かなラグナロク(世界の終末のこと)!!そして、未来の支払い担当者たる若者が、どんどん減っている。少子高齢化とは、わかりやすく言えば「働く人が減り、支えられる人が増える構造」だ。これは自転車で言えば漕ぎ手が、か弱くなり、荷台の荷物が巨大化しているようなものだ。そりゃバランスも崩れる。

しかもその荷物!無駄なモノばかり。年金受給者が海外旅行している間、保育士や介護職が心身すり減らしているという、この歪み。「若者は自己責任」「高齢者は公助」とは、どこの国の話だろう。

投資しない国が、どうやって稼ぐのか?供給力が落ちているのに、設備投資資金の価値は米国の8分の1(日本は効率が1/8しかない事を放置)。AI、再エネ、次世代交通──世界が勝負に出ている分野に、日本はお金をケチっている。

それなのに「日本の技術力はすごい」と唱える人がいる。それはまるで、部屋の隅で埃をかぶった20年前のファミコンを見ながら「ウチはゲーム先進国だ」と誇るようなものだ。

国民と政府の「相互甘え合い」こうした状況の背景には、政府と国民の“相互甘やかし構造”がある。「困ってます」と言えばお金が降ってくる国、「やってます感」だけ出せば支持率が上がる政府。
このぬるま湯は、やがて沸騰する。気づけば誰も水を止められない。

最後に──見たい数字より、見たくない現実を!!!!このままでは、日本は“過去の平均値”という亡霊に支配されたまま、未来の足を引っ張り続けることになる。必要なのは、「平均」を疑う視点と、「困っているふり」に乗っかる賢さではなく、「仕組みそのものを変えよう」とする勇気だ。

未来が静かに沈んでいく音は、いつも「何となく大丈夫だったから」という言葉とともにやってくる。笑っていられるうちに、笑いながらでもいいから、そろそろ本当のことに向き合いませんか?