デジタル技術は25年で333倍の高性能化!
【進化を拒む国──低温保存された昭和の亡霊たち】時代が変われば、環境も変わる──。誰にでもわかる当たり前のことです。コダックは失敗して富士フィルムは生き残った・・それは下記の未来を感じ取る感性が有ったからです。
デジタル技術は25年で333倍の高性能化!
A. 35mmフィルム(一般的な家庭用カメラ)画面サイズ:24mm × 36mm⇒物理的に伸びしろが無い。
解像度の目安:
@ 通常のネガフィルム(ISO100前後):約1000万〜1500万画素相当
A 高品質のリバーサルフィルム(例:フジ Velvia):約2000万〜2500万画素相当
B.デジタルカメラの各年代の代表的画素数の目安
年代 主な画素数(目安) 特徴
1990年代 30〜100万画素 実験的・業務用中心・私が初めて買ったデジカメの画素数は30万画素
2000〜2005年 200〜600万画素 一般家庭にも普及
★2006〜2010年 1000〜2000万画素 高画素化スタート⇒★★★爆発的普及期★★★
※2011〜2019年 2000〜5000万画素 一眼レフ・ミラーレスで画素数競争
◆ 2020〜2024年 5000〜1億画素+AI補正 スマホと高級機で超高画素&AI処理の融合⇒デジカメ衰退
C.今後の画素数の進化⇒今後の「限界画素数」の見通し(2030年代まで)
技術 実現時期の見通し 理論上の限界画素数 備考
現在のCMOS(BSI) 現在〜2026年 約2億画素 スマホではすでに搭載例あり
有機CMOS 2026年以降 約3〜5億画素 富士フイルム等が試作、商品化は近い
積層型+AI補完 2025〜2030年 約3億画素相当 AIによる補完と組み合わせて実用化進む
クァンタムドット型2030年以降 5億〜10億画素(理論) 実用化には課題あり
SPAD型(超高感度)2030年以降 数億画素(理論) 低画素高感度用途が中心
D. 結論:CMOSの次は「有機・量子・積層+AI」
実用的な普及帯カメラの上限画素数は、3〜5億画素あたりまで進む可能性があります。
まさに今の今ICE車はフィルムカメラであり、AI-BEVはデジタルその物なのです。25年後には333倍の差になる事も有り得ます。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」 ― これはドイツの鉄血宰相と呼ばれたオットー・フォン・ビスマルクの格言です。本ブログでは第一原理思考と共に何度も引用しています。「愚者」は自分で失敗や不具合を経験してカイゼンする。これでは経験したことからしか学べない。カイゼンでは時代変化には対応は不可能。普遍性・不変性が無いのです。
季節が移ろえば、服装が変わる。雨が降れば傘をさす。なのに、日本の一部大企業や官僚機構、はたまた社会全体が、なぜかこの当たり前を頑なに拒む。
「昔のままでいい」「変えるリスクの方が怖い」「空気を読め」
この呪文を繰り返す姿は、まるで冷凍保存された昭和の亡霊。気づけば2025年。地球はもはや“沸騰”していますが、日本の大企業の頭の中だけは氷点下のまま。環境変化?知らぬ、存ぜぬ、見ぬふり三段活用。
環境とはすべてを定義するフレームです。
氷河期にはマンモスが主役だった。でも今、彼らの子孫は博物館の中で剥製になっている。砂漠ではサボテンが生き、深海では目も退化した魚がうごめく。どんなに優れた種でも、環境が変われば、対応できなければ消える。ただそれだけの話。
ところがどうでしょう? 日本企業は「俺たちマンモスだぞ」といまだに象牙の塔から睨みをきかせています。氷が溶けていることにも気づかずに。
たとえば、カーボンニュートラルの波。欧州はガソリン車の販売禁止を決め、中国はEVにAIと半導体を組み込み、「走るスマホ」化を爆進中。でも日本はというと、「ハイブリッドで十分です」「技術はある、あとは世界が気づくのを待つだけ」と、まるで自分が地球の軸でも回しているかのような傲慢さ。
申し訳ないが、地球の軸はすでに回転数を上げている。2023年、国連は「地球は沸騰化の時代に入った」と宣言。温暖化なんてぬるい表現はもう過去の話。なのに日本の自動車産業は、「地球が沸騰してもHVで冷やします」くらいのノリ。
エアコンの効きすぎた会議室で、「環境変化への対応」なんてパワポでプレゼンしているその最中にも、現実は焼け焦げている。冷房の効いた頭でぬるま湯に浸かりながら「我が社の競争力」とか言われても、そろそろ湯が煮え立ってますよ?あなたたち、カエルじゃなかったでしたっけ。
技術もビジネスも、すべては“適者生存”。変化に適応した者だけが生き残る。これは生物学の話でもあり、経営の話でもあります。富士フイルムは化粧品へ。キャノンは医療機器へ。彼らは脱皮を選んだ。でも多くの日本企業はというと──全身の皮を分厚くして、変わらないことを「信念」と呼んでいる。それ、信念じゃなくて“硬直”です。
そしてこの国全体がいまだに「村社会OS」で動いていることが最大のバグ。空気を読むことが最優先。意見は言わず、忖度は義務教育で習う。変化に対して「YES」ではなく「様子見」を貫くその美学が、もはや世界のジョークになりつつある。
AIが半年で世界を塗り替える時代に、「10年先を見据えて検討中」とか言ってる場合じゃない。今その10年分が、一晩で飛び去ってるんです。
恐ろしいのは、日本は“環境変化を無視した”という罪よりも、“変化していることに気づいていない”という無意識の怠惰。まさに熟成を通り越した毒。ぬめった生肉。刺激臭のするチーズ。賞味期限切れの価値観です。
結論はこうです。
「時代に逆らって成功した者はいない」。
人も、企業も、国も、すべて環境の奴隷。変化に抗えば、それは神への反逆。神がどれだけお怒りかって? もう地球が沸騰してるのがそのサインです。
さあ、令和の日本。
「時代に取り残された自慢」なんてしてないで、せめて今からでも賞味期限のラベルを確認して、勇気を持ってICE車やHV車など“廃棄”してください。そうしないと、次に腐るのは──私たち自身ですから。