日本人は何時!一番大事な事に気付くのだろうか?心配
命のデザイン──安さよりも、生きていてほしい。
昨日のブログ、ランキングを見て感じた事がある。世界の主要自動車メーカー23社の「デザイン点数」。フェラーリは98点。ポルシェ95点。アウディ93点。日本勢で唯一トップ10に食い込んだのはマツダだけ。あとはどこか「おとなしい」と言われた低位な日本車たちが、下の方で肩を寄せ合っていた。
それを見て、「やっぱりイタリア車は美しいよね」と思った。だけどふと、こんな声が聞こえてきた。
「で、それ、命を守ってくれるの?」驚いたことにデザイン1位のフェラーリは安全でもダントツなのである。デザイン性の高い車は総じて安全(マツダは例外)と云う驚愕の事実である。一事が万事!優秀な人は何をしても優秀なのだ!・・
何時も私が家創りの場面でも申し上げる事がある。「デザイン性を上げる為には素材の価値(高い素材)も上げなくては時代に風化する悲しき痛すぎる造形物になりますよ」・・と申し上げる。
つまり、デザイン性を上げる為には・・お金が莫大にかかると云う事である。だから、デザイン性の高い欧州のフェラーリやポルシェは高いのですね!
そもそも4000〜5000万円のフェラーリの設計上の安全基準速度は300q/hなのである。一番大事な順番を間違えない欧州車!!!車って、命を乗せて走ってるんだった。以前、フェラーリの同好会のツーリングで150qで6台程度のフェラーリが多重事故を起こした事がある!6台全車見かけはグチャグチャしかし、・・全員全く無事・・との事故も明確に覚えている。
日本車なら全員即死だろう。
設計上の安全基準速度が30〜50q/hの日本車。金儲けダケは日本車はダントツだ!!!
最近、知り合いの板金屋さんがこんなことを言っていた。
「ベンツとかボルボは、ぶつかっても全然壊れへんのよ。日本車は…ぐにゃって、くの字やな。」
それはつまり、壊れにくい欧州車と、壊れて衝撃を逃がす日本車の構造思想の違い。どちらも「人を守る」という目的は同じだけど、アプローチが違うのだという。これは私の事故研究で膨大な事故車両の写真収集からも明確に肌感覚で感じる「日本車は…ぐにゃって、くの字やな。」と同意見である。
でも、実際の死亡率は残酷だ。
たとえば10万台あたりの死亡者数は──
・ボルボ :1〜2人
・テスラ :2〜5人
・トヨトミ:7〜10人
この数字だけ見ても、命を守る設計がどこにあるか、少し透けて見える。トヨトミのクルマが軽くて燃費がいいのは、私たちの財布にやさしい。でも、命にやさしいかどうかは別の話だ。
そしてAIが事故防止をしてくれる時代である。テスラの事故率は普通の日本車等と比較すると1/7以下とのデーターも出ている様である。先進安全システムやAI自動運転に遅れる日本車の安全はさらに劣後する事になるのだろう。
なにしろ日本の安全テストは、時速30〜50キロ程度でぶつけるのが基本だ。ところが実際の事故は、もっと速い。人生も、スピード出しすぎることがあるように。油断していると、あっという間にぶつかる。そしてクルマの厚みが1/3に成っちゃうなんて事故写真は多数である。とにかく生存空間まで外板と同じようにグチャグチャの鉄の塊になってしまうのが日本車である。
それでも「うちのクルマは歩行者にやさしいんです」と言われると、ちょっと複雑な気持ちになる。いや、それも大事だけど、まずは…運転してる私を守ってくれませんか?
日本でも例外的にマツダだけはデザインに執着。「魂動(こどう)デザイン」で、クルマに命を吹き込むんだそうだ。なるほど、見た目も良くて素敵だ!しかし、安全性には注力はしていなさそうだ!コストアップでブランド力の弱小メーカーには販売面で不利なのだろう。
一方、国産大手の多くは、どこかコスト削減の影がちらつく。社内の出世街道を歩んできたおじさまデザイナーが、いかにも経営層の顔色をうかがい忖度して「ええ感じに仕上げときました」みたいな顔をしてカラカラローラの顔面を整える。結果、「無難・保守的」の称号をいただく事を回避するために、見た目ダケは爬虫類や深海魚のデザイン言語に執着した様だ。・・他と違ってればなんでも良いでしょ!・・的なノリだ!
でも、その「保守的+異質性」が、「命を守る優先性」だったらよかったのに。
一度、Volvoの開発者が「私たちは0(ゼロ)を目指している」と語る映像を見たことがある。クルマを30mの高さ(ビル10階相当)に釣り上げて落下させる実験もしている。
「交通事故による死者をゼロにする」──この壮大な目標のもとに、Volvoはクルマをつくっているらしい。あまりに格好良すぎて、「で、燃費はどうなの?」とか聞けなかった。
日本車にもいいところはある。安くて、燃費が良くて、街中では扱いやすい。でも、いざというとき──生と死の境目で、クルマが命を守ってくれるか。そこは、見た目や売上高や利益高では測れない。
むしろ、そこが一番、点数化(正しく評価して公表)してほしいところなのに。
時々、こう思う。「この国では、燃費より命の方が、軽く扱われてるんじゃないか」と。
安全性にコストをかけるよりも、広告にお金をかけて、実質50点を80点と錯覚させて「先進的(異質)なデザインです」と言った方が売れるのかもしれない。だけど、それで買ったクルマで、大切な人を失ったら、きっと後悔する。
人はいつか死ぬ。だけど、クルマのせいで早く死んでしまうのは、やっぱり違うと思うのだ。
「生きていてほしい」。それが、クルマに一番求める願いだ。同様にそれはクルマはたった5%の人生時間を使う。しかし、家は70%とクルマの14倍の人生時間に使われる。大地震からの安全は特に車の比では無い。
しかし、日本人は・・クルマと同様に、安全、命の価値を軽視していると本当に感じて、悲しくなる。いくら声を大にしてお伝えしようとしても・・伝わらない顧客様が半数以上である。
日々物欲にまみれなくても静かな情景の中で、大切な人が生きていてくれるだけで、充分だ。クルマが守ってくれる命。家が守ってくれる命、その命があるから、今日もこの季節を感じられる。
だから私は、こう言いたい。
「燃費(金)より、見かけより命が大事」って。