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「倉庫に余ってる在庫を売った」だけの話で大人気になる不思議

”米”より軽い、世襲のボンボン君の言葉。――このままじゃ国が干からびる。

一次が万事である!影響力の大きな人間の不正は絶対に許してはならない!それが25歳の9歳からの子役上がりのド不倫女、大ウソつきのど性悪!ド開き直り女としてもだ!・・・”悪慣れ”・・が起きると日本は1940〜1945年の再来となる。

原理原則⇒社会の浄化作用が無くなれば世は乱れる!大自然の浄化作用が無くなれば環境破壊が起き地球は沸騰化する。体内の浄化作用(免疫)が機能しなければガン等の命を奪う病気になる。特にボンボン菌と同じく、悪慣れ菌は・・世を乱し人を不幸にし、人間の本能の殺し合い遺伝子を活発化させる!

そんな大げさな!!!では無い、人間の歴史はたった80〜100年前後のサイクルで例外なく100%この法則に従った歴史を持っている。すでに前の殺し合いから80年が経過した。その殺し合いへの道は指数関数的に移行している事実も存在する。

そもそも論として・・・人は例外なく・・・いきなり(0〜3年)死ぬ生き物である。

気づけばまた、テレビに“あの人”が映っている。稲穂の前に立ち、「米価が下がりました!」と、満面の笑みで語る農水大臣・小泉進次郎氏。言葉は軽く、身振り手振りは派手だが、その背後にある“重たい歴史”は何一つ語られない。

この小泉ボンボン君の前の江藤拓前農水相もボンボン君である、この御仁は農水村御用達大臣で村長(むらおさ)の言う通りの自ら目の前を見て考える能力が無い御仁である。

何れも販売用のブランド名がデカデカと書いてある米袋は立派だが中身が3等米。なにしろ「減反政策の功罪って何ですか?」と尋ねても、「心の中では農家と一緒にいます」と返されかねない。

この国では、名字が“良ければ”能力は問われない。親が首相なら、子は閣僚。選挙は世襲、議席は家督、政治は血縁。サラブレッドが政治家になった瞬間、私たちは「期待感」という名の幻想を抱き、拍手までしてしまう。

けれど、現実はどうだろう。郵政民営化は名前をJPと変え不正多発のブラック企業化した。アホノミクスは借金を爆増させた。政府(国債+地方含む)約▼+300兆円増加、同じく民間ででは約▼+70兆〜100兆円増加、そして国民の7割が生活苦となった。・・そして若者は未来への希望を失い出生率は1.15過去最低

日本の圧倒的多くの貧困層向けの「備蓄米を出したら米価が下がりました!」という進次郎劇場。確かに、一時的に5キロで2000円台の米も出た。でも、それって「倉庫に余ってる在庫を売った」だけの話。在庫セールをして「俺ってやっぱすごいでしょ」とアピールする姿に、思わずこちらの心が空っぽになる。

コンバインは“シェアすればいい”って?その発想、まるで夏休みの自由研究レベルです。「建設業界は重機をレンタルやリースしてるんだから、農業のコンバインもレンタルやリースでいいんじゃないか?」

この発言を聞いた瞬間、全国の農家さんが一斉に腰を抜かしたとか抜かさなかったとか。言ったのは、言わずと知れたあの進次郎農水大臣。いや、もはや“農水アイドル”と言った方がしっくりくるかもしれません。そこらのAKBナンチャラの方がもっとまともかも!「わたしわかんなぁ〜い」と発言出来るダケ!

確かに、コンバインは高い。1台2000万円以上。それを年にたった1カ月しか使わないなんて、確かに非効率に見えるでしょう。でも、それを「じゃあ建設業みたいにリースにしましょう」と言えるというのは、あまりに現場を知らなさすぎる証拠です。

まず、建設業の重機は1年中動く。アスファルトを敷いたり、基礎を掘ったり、橋を作ったり、ダムをこしらえたり。用途も期間もバラバラで、レンタル業者は需要に合わせて貸し出せる。

一方で、農業の収穫は“一斉”にやってくる。稲刈りの時期になれば、みんなが一斉に「今日しか刈れない!」というタイミングで動く。なぜなら、収穫の最適日を逃すと、品質が落ち、収入も落ち、下手をすれば1年の努力が水の泡になるからです。その差は1週間程度。

「じゃあ順番に借りてくださいね」とでも言うつもりか?2000万円のコンバインを20軒の農家でリースして、みんなが9月の同じ週に取り合う世界なんて、まさに“地獄の椅子取りゲーム”。天気が崩れた日には、「今年は収穫諦めます」なんて悲劇すら起こりかねません。

現場を知らない政治家が、机上の空論で「効率化」と叫ぶたびに、現場の人たちは苦しみます。そして、その痛みに気づかない政治家ほど、「俺ってやっぱり改革派だな」と酔ってしまう。この構図こそが、いまの日本の政治の病理そのものです。多くの日本のリーダーの罹患しているボンボン菌の毒素です。

報道も報道だ。カメラは絵になる笑顔を切り取り、映える言葉だけを繰り返す。「構造的な問題はさておき、いま視聴率が取れるのは彼なんです」とばかりに、背景には一切触れない。

でも、米価が高い本当の理由は――長年続いた減反政策の失敗にある。「米を作るな」と言いながら補助金をばら撒き、生産者の自由を奪い、食料自給率を下げ続け、農業を持続性有る産業とする事を妨げたのは、他ならぬこの国の自民党政治だった。

小泉氏も所属する自民党が推進してきた政策のツケを、今さら「備蓄米で解決」などと胸を張ることに、私たちはもっと冷ややかな目を向けるべきではないか。

だが、日本はこの手の“空っぽヒーロー”が大好きだ。原稿を読むだけで、「決断力がある」と言われる。
記者会見で感情を込めれば、「人間味がある」と拍手される。中身がなくても、イメージが良ければ、報道が勝手に英雄像を作ってくれる。

そして気がつけば、政治はポピュリズムに飲み込まれ、構造の議論は消え、お祭りのような「政治ごっこ」に国全体が熱狂する。

もっと恐ろしいのは、こうした報道姿勢を国民の多くが「まあ、そんなもんか」と受け入れてしまっていることだ。「変わらないから期待しない」「他よりマシだから支持する」。そんな諦めが積み重なった先に、私たちは“空っぽの政治”を自ら招き入れてしまう。

今、日本の農業は苦境にある。高齢化、担い手不足、農地の荒廃、食料自給率の低下――どれをとっても深刻だ。そこに登場するのが、中身のないパフォーマンス大臣。しかも彼が出てくるたびに、テレビが嬉々として報じる。問題はますます見えづらくなる。

こうした構図を許しているのは、私たち視聴者であり、有権者だ。「どこかで誰かが何とかしてくれるだろう」という依存と無関心が、空虚な政治家と、視聴率だけを追うメディアを肥え太らせてきた。そして気づいたときには、米も、政治も、そして未来までもが軽くなっていた――まるで風に飛ばされた籾殻のように。

本当に怖いのは、備蓄米でも米価でもない。「言ってる感」があるだけで評価される、見た目至上の政治文化だ。それがまかり通れば、いずれは国家までもが“映え”だけの中身スカスカなものになってしまう。

今こそ、問わなければならない。江戸時代じゃ無いんだから、この国の舵取りを「名字が良いだけの人」お殿様のボンボン君に任せ続けていいのか?ポスター映えする笑顔に、私たちの生活を託していいのか?目先の安い米に喜んでいて、本当にそれでいいのか?

未来のために、いま一度、政治の重みを取り戻そう。米が軽くなるのは構わない。けれど、政治まで軽くなった今!、もう立ち上がれない。