選挙前の自民党の若きヒーロー作りに必死!また自民党・今度は日本は完全に終わるかもね!
コメと日本と、お上のご都合主義 〜「主食」の皮をかぶった構造利権の話〜
令和のコメ騒動。いや、あれは「騒動」なんて品のいい言葉じゃありません。もっと率直に言えば、「見事なまでの空騒ぎ」でした。
コンビニでコメを買い占める人々、テレビに笑顔で「安心しました」と語る主婦、そして満面の笑みで「米価を下げます!」と叫ぶ小泉農相。まるで時代劇の一幕。でもこの舞台、裏に回れば真顔でタコ踊りをしている役人と、ちゃっかり構えてる農協の影がちらりと見えるのです。
「コメは日本人の魂の主食だ」——そう言われ続けてきました。が、実態を見ればどうでしょう?
総務省の調査によれば、コメに払う金額は年間約2.7万円。パンと麺類の合計は約5.6万円。つまり我々日本人は、すでに「主食」を小麦に鞍替えしてるんです。けれども、なぜか報道ではコメが主役を張り続ける。まるで最前線を退いたベテラン俳優を無理やり主演に据えて、話題性だけで押し切る三流ドラマのよう。
ではなぜ、コメだけがここまで特別扱いされるのか?
答えはシンプル。「利権」です。
たとえば、「備蓄米」という存在。非常時のために国がコメを買い取り、倉庫で眠らせておく。でも不思議なことに、その“非常時”は行政の胸三寸でやってきます。価格が高騰したから?地震があったから?いやいや、選挙が近いから。これが一番リアルな答えかもしれません。
実際、コメの価格が倍になったのは確か。でも、お茶やコーヒーだって同じくらい高くなっています。なのにニュースにはならない。それは「お茶利権」や「コーヒー族議員」がいないから。わかりやすいですね。
でも、ここで誤解しないでください。コメを大切にしよう、という感覚そのものは悪くありません。
むしろ私たちの多くが、子どもの頃、田舎のおじいちゃんが送ってくれた新米の味や、夏休みに見た水田の景色を、どこかで大事に思っている。それが「縁故米」という奇妙なネットワークで、今も都会の食卓に届いています。
なんと、家庭で消費されるコメの1割以上が、こうした“親戚ルート”。農水省も経済学者も分析しきれない、情と伝統の物流網です。この仕組みだけ見ると、「日本社会、あったけえなぁ」と思いますが、同時にこうも思うのです。「だから変わらないのか」と。
農業政策は、補助金と票田でガチガチに守られた「聖域」です。赤字でも田んぼを耕せば補助金が出る。「農業を守れ」と叫ぶ政治家が、実は地元JAとの票のパイプを守っていたりするのは、今さら驚くことでもありません。
本当に国民の食を守るなら、気候変動や国際情勢で揺れる小麦や大豆への対応、さらには都市部の低所得層の栄養改善にもっと力を注ぐべき。でも、コメだけが“神格化”されているのです。しかも現代の神は、もはや信仰よりも組織票と補助金で生き延びている。
そして、メディアもそれに乗っかる。「主食が値上がり」「家庭が悲鳴」——まるで昔の時代劇の再放送。でもその脚本、よく見ると、農水省の資料と業界団体の要望書を合体させただけだったりします。
私たち国民も、それに薄々気づいてはいる。でも「田舎の親がコメを送ってくれるから」「祖父母が稲作をやっていたから」と、自分の中の懐かしさに免じて、なあなあで済ませてしまう。その結果、令和になっても、昭和の農業構造が延命治療を受けながらゾンビのように歩き続ける。
いや、ゾンビというより、ぬるま湯につかった妖怪かもしれません。名前は「補助金まんじゅう」。食べればおいしいけれど、腹の中では利権がふくらむ。
私たち日本人は、コメを大切にするあまり、それを守る仕組みの歪さから目を背けてきました。でも本当に守るべきは、「農家の生活」や「水田の自然」だけでなく、「税金の使い道」や「食の未来」ではないでしょうか。
令和のコメ騒動。もしかすると、これが「ご飯論法」の新たな形なのかもしれません。——「主食を守れ!」と言いながら、守っているのはいつも“誰かの懐”なんです。