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利他心の欠落が相手の心が全く分からない日本人を創った

「イーロン・マスクとチェーンソー、そして私たち日本のガラパゴス」

たとえばイーロン・マスクがチェーンソーを振り回していても、アメリカでは「また彼らしいね」と半笑いで済まされることがあります。日本で同じことをすれば即通報ですが、アメリカでは喝采される。これは奇行ではなく、彼の「神に祝福された成功者」という立ち位置ゆえ。ここにアメリカという国の“根っこ”が隠れています。

アメリカでは、いまでもキリスト教の文化が日常の思考に深く根づいています。特に、プロテスタントの一派・ピューリタンの「清貧からの成り上がり精神」が、社会全体を形づくっています。成功者は「神に選ばれた者」と見なされ、その行動は少々突飛でも「神の意思に従ってるのだ」と解釈される。むしろその“変人っぷり”が、祝福の証になるという逆転の価値観。

その最たる例が、ドナルド・トランプです。彼の両親は1950年代、自己啓発の元祖とも言えるベストセラー『積極的思考の力』の信奉者で、そこでは「強く信じれば夢は現実になる」と教えられていました。成功は信仰の結果。失敗は信仰が足りないか、神に背いたから。

こうした思想が根強い国で、「福祉を拡充しよう」「弱者を支援しよう」と言っても、「それって神の計画に逆らってない?」と白い目で見られるのです。だからアメリカでは、いまだに国民皆保険が実現していない。病院に行くだけで家が一軒建つくらいの請求が来ても、それを自己責任で片付ける社会です。

困窮する人がいても「努力が足りない」「祝福されてないからだ」となりがち。他人の不幸は、自分の信仰の正しさを証明する材料にもなってしまう。そこに“福祉は悪=神の意志”という逆説が根づきます。

そして富裕層の多額の寄付行為も実は成功者が「窮鼠猫を噛む」で窮鼠から被害を受けない為だけ、そして自分自身の社会的ステイタス・・ノブレス・オブリージュ(高い社会的地位には義務が伴う)を上げる為です。

さらに富裕層はいくら寄付しても平民や貧困層から寄付金以上の金を回収する強固なビジネスモデルを構築している自信が有るからです。平民や貧困層の存在が有るから富裕層が存立する原理原則をチャンと理解しているのです。富裕勝者の帝王学・・・平民は生かさず殺さず巻き上げる・・・なのですね!

さらにややこしいのが、「見えない敵をつくる文化」。1ドル札に描かれたフリーメイソンのシンボルは「目に見えぬ支配者がいるぞ」という警鐘。アメリカは常に“敵”を設定してきました。カトリック、黒人、共産主義者、そして今では中国や移民たち。敵をつくることで、「成功できないのは奴らのせいだ」と心が救われる構造です。こうして陰謀論が社会の隙間に根を張る。

では、アメリカ人は単純なのかといえば、そうではなく、政府すらも信用していないのが特徴。連邦政府?FBI?「どうせ何もわかってない奴らだろ」と、映画『ダイ・ハード』のジョン・マクレーンのように、ひとりで乗り込む民間人が正義の象徴になります。銃規制にも反対。国民皆保険にも反対。理由は、「そんなもの、自由を奪う陰謀に違いない」から。

国際社会にも反発が強く、「パリ協定?地球を救う?ふざけるな、我々の自由を奪うな」と本気で怒る人が少なくありません。国連や国際条約は「大きすぎる権力」であり、それを嫌うのがアメリカ流。

こうした背景があるからこそ、マスクやトランプのようなキャラクターが「一般市民の味方」として人気を集める。「東大卒で理屈っぽい官僚」より、「豪快で失言だらけの成り上がり者」に支持が集まるのも頷けます。「成功者 vs エリート」という構図は、現代アメリカの深層を形づくるテーマでもあります。

…と、ここまで読んで「アメリカ、すごい国だなあ」と他人事のように思ったあなた。ちょっとお待ちください。問題はそこではありません。

私たち日本人は、こうした文化の背景をほとんど知らずに、「欧米では〜」とか「アメリカに倣って〜」と、まるでグローバル教の信者のように盲目的に模倣しようとします。でもその「グローバル」の中身を本当に理解しているのでしょうか?マスクがチェーンソーを持って暴れてもOKな社会と、道にスマホを落としたら交番に届く社会が、同じルールで動くはずがないのです。

政治、経済、福祉、教育、どれをとっても文化の根っこを知らずに真似すれば、必ずや誤作動を起こします。なのに日本では、英語教育や起業支援の名の下に、「アメリカ的成功者」を育てようとする。結果として、「英語が話せるだけの自信家」や「起業ごっこで税金を燃やすスタートアップ」が量産されるだけ。

文化を知らずに制度だけ輸入するのは、説明書を読まずにチェーンソーを持つようなものです。イーロン・マスクでさえ危ういのに、私たちが持った日には、どうなるか――。

世界の“常識”は、その国の“信仰”と“物語”によってつくられています。”今の日本だけ”が、信仰も物語も持たずに、「正解」を輸入しようとしている。これは、実はとても危険なことなのです。