どうしてこんなことに?
置いてけぼりのニッポン、アクセルとブレーキを間違えた未来へ⇒日本の高齢者とは真逆の踏み間違い
「最近、EV(電気自動車)って売れてないんじゃないの?」という声が、日本ではよく聞かれます。でもそれ、世界ではちょっと違う景色なんです。
2025年3月、世界のEV(PHEV+BEV)販売台数は前年同月比で24.4%増。特に完全電動のBEVは32%増という伸びっぷりです。全体では、新車の4台に1台がEV(PHEV+BEV)。5割越えの中国や欧州製や中国製のBEVが普及し始めた欧州では、もはや「EVかどうか」が議論の余地ではなく、「どのEVを買うか」の話になっています。
一方、我が日本のBEV比率はたったの1.56%。……桁、合ってますかね? はい、合ってます。世界平均のBEV・17%と比べると、もはや“足踏み”というより“逆走”に近い感覚すらあります。世界平均の17%越えの意味はキャズムの谷を越えたと云う事を意味しています。2025年末にはBEVダケでも世界平均が20%を超える事は確実な事となりそうです。日本人ダケには理解不能かもね!
従来のICE車より安くて維持費がかからない超高性能+高品質のBEVが、オールドエコノミーメーカーの1/2〜1/3以下で販売されて行く近未来を恐ろしいとは思いませんか!!!
どうしてこんなことに?
テスラや中国のBYD、ジーリーは世界を席巻し、BYDは販売台数でテスラの3倍。特にBYDは全モデルに自動運転が標準装備され、10年30万qを新車、中古に関係なく保証すると云うウルトラC
おまけに「シャオミ」や「チェリー」といった、スマホメーカーやフルーツのような名前の新参者までもがEV戦線に参入し、どこからでも電動パンチが飛んでくる時代です。
しかも彼らのEVは、安い・速い・カッコいい・自動運転付き。例えるなら、「カップ麺なのにミシュラン星付きシェフが作った」くらいのコスパです。一方、日本製EVはというと、性能も価格も中途半端で、「高級なのにフタが開かない弁当箱」状態。もちろん日本人として悔しいです。でも、現実は数字に出ています。
このままでは、日本は“走る化石”を愛するガラパゴスとして、世界からますます遠ざかってしまいそうです。
さらに驚くべきは、新興国や東南アジアですらEVシフトが進み始めていること。ベトナム発の小型SUV「VF3」など、地元資本が勢いよく台頭中。BYDはピックアップトラックまで展開し、“安くて壊れにくいEV”が新たな常識になろうとしています。
この流れ、もはや一時のブームではありません。EVは「走る家電」になりつつあり、クルマを持つ意味そのものが変わる時代です。
では、日本は何をしているかというと、相変わらず「ハイブリッドで頑張ってます」と声を大にし、社会もメディアもそれを拍手喝采。まるで黒電話を「まだ音が出るから大丈夫」と言ってるような光景に、心配というより不安が募ります。
実際のところ、今後の交通は以下のように3つに大きく分化していくと見られています。
● @ 激安・高性能な中国製AI自動運転BEVが世界を席巻
生産規模が増えるほどコストは下がり、今やBYDのEVは“品質のいいユニクロ”。将来的には全世界の新車の7割が中国製(現在3割)、なんて話も現実味を帯びてきました。
● A 自家用車は消える? ロボタクシーが主流に
AIによる無人運転が進めば、「車を買って、保険払って、駐車場借りて…」という高コスト人生から解放されます。みんなでシェアして、必要なときだけ呼び出す。スマホと同じ感覚です。
● B 物流も人の移動も“動かない時代”に?
宅配は無人車、打ち合わせはメタバースで。移動の総量そのものが、今の1/2以下になる可能性も。昭和の「マイカー神話」は、もはや“遠い銀河の昔話”に近づいています。
そんな未来に向けて、世界は猛スピードで舵を切っています。一方で日本はというと、「次世代EVロードマップ」といった美しい名前の資料だけが棚に積まれ、現場では補助金や法律が足を引っ張る“段取り天国”。そこにメーカーのプライドと忖度文化が絡み、「先進国のはずが、実は昭和レトロゲームの世界」に迷い込んでしまったかのようです。
もちろん、日本にはかつて確かな技術も勤勉さもありました!”過去形”。時すでに遅し、「変わること」を恐れない社会と、「失敗してもいい」と言える文化が皆無。
現状は、電動化にもAIにも「様子見」と「根回し」と「前例踏襲」。どこまでも優等生で、どこまでも臆病。しかも、それを「美徳」と勘違いしてしまう国民性が、変化の最大のブレーキになっているのかもしれません。
そう、EVの話はただの車の話ではなく、日本という国の進路の話でもあります。
「世界が前に進む中、私たちは何を選ぶのか?」
この問いにきちんと向き合わなければ、気がつけばエンジン音だけがやたら元気な、誰にも選ばれない“ひとりガラパゴス”になってしまうかもしれません。
そのとき日本が世界に誇れるのは、もしかすると“失われた30年”のコレクションだけ。
どうかその未来が、ブラックジョークで済みますように。