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「大丈夫だよ。ただの細胞だし、手術なんて簡単さ」

■ 壊れていくのは誰の心か――“視聴率”という名の魔物に食われたニッポン人の話

「大丈夫だよ。ただの細胞だし、手術なんて簡単さ」

52歳の国民的アイドルが、かつて交際していた女性にそう語ったとされる言葉は、あまりに軽く、そして冷たく聞こえます。でもこれは、たった一人の男の問題じゃありません。この国全体の“心の壊れ方”を、ちょっとしたブラックジョークみたいにあぶり出す事件だったのです。

テレビ局は訴え、株主は訴え、芸能人のスキャンダルは毎日のようにSNSで再炎上。もはや「視聴率を取る方法」が、他人の人生の“使い捨てマニュアル”になっているのでは?と思うほど。で、それを見て「わ〜またやってる〜」と笑ってる我々視聴者。うん、やばいのは向こうじゃなくて、案外こっちの感性かもしれません。

A.視聴率ファーストで人間性は後回し
テレビ局も芸能事務所も、基本的には“ヒトを使ってモノ(興味)を売る業界”です。「炎上しても話題になればOK」「謝罪すれば次に行ける」「被害者はフェードアウトで処理」。まるで壊れた自動販売機のように、スキャンダルを押せば人の人生が出てきます。

けれどそれを本当に“買ってる”のは誰か?そう、私たちです。視聴率が取れるってことは、それを「面白がってる誰か」がちゃんといるということ。その“誰か”が、たいてい私たちであるという事実に気づいたとき、正直ちょっと背筋が寒くなります。

B.他人の不幸で今日もメシがうまい社会
「悪名は無名に勝る」「不倫も中絶も炎上も、全部おいしい話題です!」なんて風潮がまかり通る世の中。どこかで誰かが泣いていても、バラエティの中ではBGMで中和され、SNSでは大喜利ネタに消費される。

なぜ、私たちはここまで“痛み”に鈍くなってしまったのでしょう。人の涙より、誰の不倫かに注目するこの社会は、一見ドライで合理的。でもその実、誰もが他人の人生をネタ帳にして生きている、ちょっとグロテスクな世界でもあります。

お笑いと称して弱い他者(売れない芸人)をいたぶったり、頭をはたいたりして大笑いをする多くのバラエティー出演者!笑いの効果音に釣られてテレビの前で・・なぜか面白くも無いのに大笑いする視聴者!

もう人間として壊れていませんか!!!

C.「共感力」という教育の空白地帯
問題は、テレビや芸能界だけではありません。人の気持ちを想像する力――それは本来、家庭や学校で育てられるべき感性のはず。でも、日本の教育はどうでしょう。

・点数でしか評価されない
・「空気を読む」が道徳の最終形
・泣いてる子より、ルールを守らなかった子が怒られる

こうした構造の中で、「他人の立場に立って考える」なんて能力は育ちません。むしろ、「そんな感情、仕事に持ち込むな」と教えられるのがオチです。

D.“消費される人間”と、“見て見ぬふりする社会”
面白い番組、キャッチーな見出し、煽りタイトル。全部「数字が取れるかどうか」で判断されるこの国で、誰かの人生や心は、商品として“消費”され続けています。

そして、その代償を誰が引き受けるかといえば……だいたい誰も引き受けません。なにせ、みんな「見てただけ」ですからね。「見てただけ」の責任って、とっても便利です。どんな残酷な映像も、“傍観者”の肩書きがあれば、ノーダメージで楽しめます。

E.心の温度がどんどん下がっていく
「売れるかどうか」「ウケるかどうか」ばかりを追いかけていると、人間として大切な“温度”を失っていきます。それは、テレビの中の芸能人だけでなく、視聴者である私たち自身が凍っていくということ。

人の涙に心が動かない社会、人の叫びに耳をふさぐ社会――そんな“便利で冷たい国”ができあがる未来を、私たちはもう生き始めているのかもしれません。

F.だからこそ、今問いたい。「誰かの心を想像する力」を
もしかしたら私たちには、視聴率や金儲けを止める力はないかもしれません。でも、「これは笑っていい話なのか?」「その発言で、誰か傷ついてないか?」と立ち止まることは、まだできるはずです。

共感する力は、テストの点にはなりません。でも、それがなければ、人の人生を踏みにじることも、「ただのエンタメ」として処理してしまう。もう小学校でも中学校でも高校でも大学でも職場でも「イジメのエンタメ化」は恐ろしい程日本人にがん細胞のスティルスガンの様に深く広く浸潤しています。そんな冷たい社会は、いずれ自分自身をも凍えさせてしまうでしょう。

私たちは今、“何を面白がるか”で、自分の心の温度を決めているのかもしれません。だったらせめて、ちょっとだけぬくもりのあるほうを選びませんか?

そうしないと、テレビの中の誰かじゃなく、「自分自身」がいつか消費される側になるかもしれませんよ。