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「心は昭和、技術は明治、政策は江戸」

歴史を振り返れば、時代の変化に逆らって成功した国や企業はありません。なのに日本は、「前例がない」「まだその時期じゃない」と、何十年も言い続けています。もはや変化を拒むことが、国是になってしまったようです。

そこにはスーパーの特売チラシと2000円の古古米に暗いうちから大行列の“昭和98年”の雰囲気が同居する。世界で唯一現金自販機は元気に稼働し、高齢者は今日もATMの前で奮闘している。そう、ここは日本。進化しすぎた未来に背を向け、安心と伝統という名の座布団に座り続ける不思議な国だ。

この国には、じつはとても根深い問題があります。それは「反省しない文化」。たとえばバブル崩壊、年金制度の破綻寸前、少子化の放置、原発事故──。どれも本気で反省せず、「まあ何とかなるでしょ」でやり過ごしてきました。これはもはや一種のマインドコントロールです。

私たちは気づかぬうちに「日本は凄い」「なんだかんだで大丈夫」という甘い幻想にすがっているのかもしれません。もしかしたら、国全体が一つの宗教団体のようになってしまっているのではないか──そんなブラックな想像すら、現実味を帯びてきます。

そんな日本が、いま世界から取り残されつつある。いや、正確には“黙って取り残される準備”に余念がない。しかし、世界の最先端は遅れた日本など歯牙にもかけない!

A. 「人型ロボが人類を超える日、私たちはFAXを信じていた」

中国政府は、ヒト型ロボットを「EVの次の成長エンジン」と明言。官民総動員でまるで“宇宙開発”のような熱量を注ぎ込んでいる。EVと約7割の部品が共通。つまり、工場の生産ラインをちょちょいと変えれば、人型ロボも量産できてしまうという寸法だ。AI頭脳はAI自動運転車もAIヒューマノイドロボットもほぼ同じ。

BYDにテスラ、百度にファーウェイ、みなヒト型ロボに突き進む。価格もとんでもないスピードで下るだろう。2026年には1台3万5000ドル(約550万円)、2030年には1万7000ドル(約270万円)を目指す。ヒト型ロボ業界は3〜5年以内に「iPhone発売のような爆発普及する瞬間」が到来すると予測している。

これじゃあ、日本の介護ロボ開発補助金なんて、紙飛行機予算で火星を目指すようなものだ。

B. 「AGIとASI、そして私たちの“無知の楽園”」

残念ながら、日本のAI開発は後れに後れています。規制、官僚主義、縦割り、忖度。日本社会に張り巡らされた「見えない手かせ足かせ」は、スパコンより強力です。AIの学習より、根回しと稟議書が重視される国で、未来が拓けるのでしょうか。

確実に到来する波──人工超知能に進化、2026年末〜2027年のAGI実現から2027年末〜2028年の(ASI)の到来が、私たちをさらなる絶望へといざなう。

シンガポールの国際学会では、メタのチーフAI科学者ヤン・ルカン氏が「大規模言語モデル(LLM)には限界がある」と喝破。生成AIがいくら賢くなっても、空間認識力では4歳児以下だと言い放った。でも、それを改良してくれるのがAGI。そしてAGIは、自分で自分を改良していく──つまり、“人類の最後の発明”となる。

オープンAI元社員たちは最速の場合は「2026年末〜2027中頃にはAGIが誕生し、その年の後半にはASIへと進化する」と予測、半年前予測を5年も前倒しされる可能性有り。もう、我々人間が“進化の主役”でいられる時間は、回転寿司で皿が流れてくるスピードよりも短いのかもしれない。

C. 「我が国は、努力と根性でAIに勝つ…予定でした」

この大転換に対して、日本はどうか。そう、いつものように「なんとかなる」である。「自分たちはロボット大国だから」「倫理的に慎重であるべきだ」「日本には匠の技がある」──もはや、お守りレベルの精神論でAIやロボと向き合っている。ChatGPTが出た時も、「日本語には弱い」などと安心していた。まるで黒船を見て「蒸気船は燃費が悪い」と言っていた時代から、何も学んでいない。

D. 「心は昭和、技術は明治、政策は江戸」

かたや世界では、AIデータセンターへの投資額が2028年には年間で140兆円超と見込まれている。これは日本の国家予算110兆円を遥かに超える規模。AIインフラは今や「国家の背骨」だというのに、日本の公共投資は相変わらず官僚と政治屋の巣食う村々が個別に要求する壮大な昭和的無駄投資と老朽インフラとお役所のエクセル管理に吸い込まれていく。

子どもは減り、医療は限界、年金は怪しく、若者は非正規と介護地獄。なのに、「カーボンニュートラル」と「デジタル田園都市構想」のスローガンだけは、勇ましい。まるで、沈みゆくタイタニック号で演奏を続ける楽団のような滑稽さがある。

E. 「日本真理教(日本は最強と信じ込まされる洗脳)から脱会できるか」

気づけば、私たちは“合理性より空気”を信じる民族になってしまった。否、85年前の「鬼畜米英恐るるに足らす」から全く変化していないと言った方が正しい!日本人には反省すると云う遺伝子が欠落している民族なのだ。周囲に合わせる力だけで、戦後を乗り越え、平成を生き延び、令和に突入した。

だが今、AIとロボットがルールを変えようとしている。そこでは“空気を読む”より、“データを学ぶ”が勝負の世界だ。ご利益も御朱印も通用しない。私たちはいま、問われている。「このままで、本当に大丈夫?」と。

F. 「最後に残るのは、問いとユーモア」

この国が危機に瀕していることは明らかだ。けれど、「絶望」を「怒り」に、「怒り」を「行動」につなげるために必要なのは、ほんの少しのユーモアかもしれない。

たとえば、「自動運転ヒト型ロボに介護される寝たきり老人」の未来に笑いながらも、「じゃあ、自分はどうする?」と自問してみよう。未来は、必ずしも技術に負けるとは限らない。負けるのは、“変わらないでいること”なのだ。

さて、この文章に出会ったあなた。「日本真理教」からの脱会は、お済みですか?