« 日本人は何時迄昭和のヨボヨボおじいちゃんにリーダーを任せるのか? | メイン | 途轍もない苦難に耐えた後でなければ真の自由など無い »

金を30年余バラマキ続けても・・衰退する日本の訳とは?

崖っぷち国家ニッポン登山隊──「全員で気持ちダケぬくぬく凍死」か「誰かが痛みを背負う」か?

政治屋が改革、改革、と連呼し続ける!改革の裏には強烈な痛みが不可分で有る原理原則が有る。

私たちの暮らすこの国、日本。かつては「勤勉な職人魂」と「技術立国ニッポン」で鳴らした名うての登山隊でしたが、いまや遭難中。気がつけば冬山の崖っぷち、吹雪の中で震えながら「誰かが助けに来るさ」と他力本願のホットミルク待ちです。

でも、天気は悪化するばかり。ザイル(命綱)はもうギシギシ。そろそろ現実を直視しましょう。

A. どこに消えた?「使ったお金」と「成長の見返り」
平成の初め、国家予算は60兆円台でした。それが今では110兆円超。人口はほぼ横ばい!全く成長していなのに、支出は1.8倍。成長しないのに村々限定のジャブジャブ無駄金だけ撒くこの構図、まるで定職に就かず毎月カード限度額ギリギリで飲み会に行くアル中のパチンコ狂いの中年オヤジみたいです。

もう子供のカードも限度ギリギリ・・やばい状態!、その内確実にサラ金にも手を出すだろう。

しかも、この30年で日本の潜在成長率は3.7%から0.3%と1/12に低下。賃金?アメリカやイギリスでは約1.5倍、ドイツやフランスも1.3倍に伸びましたが、日本は「据え置きサービス継続中」。庶民の暮らしは、ほぼ変わらずどころかドンドン貧困化して物価高に喘ぎ7割の人々は生活苦となっています。

B. いびつなGDPと「成長」のカラクリ
日本の名目GDPは1.4倍に増えました。確かに600兆円超。でも、円安でドル換算(100円が140円/ドル)すれば実は大した伸びじゃありません(極少の伸び)。バラマキジャブジャブマネーをカウントすれば大幅な減退!

1995年のドル円相場の推移年初(1月):1ドル ≒ 99〜100円
最高値(円高):1ドル ≒ 79.75円(1995年4月19日)→ これは歴代最高の円高水準、伝説的な水準です。
年末(12月):1ドル ≒ 102〜105円

PPP(購買力平価)ベースGDP=実際にどれだけ買えるかを反映した「実質的な経済力」為替の影響を受けにくく、国民の生活水準に近い指標

🌏 日本のPPP(購買力平価)ベースGDP:1995〜2025年推移(国際ドル)
1995年:約 7.664兆ドル(PPP総額) 2025年予測:約 6.741兆ドル(PPP総額)

約▼12%の減少(–0.923兆ドル)⇒日本人は30年前と比べて▼12%モノが買えなく(貧しく)なっている。

📈 解釈と背景
1. 総額は減少
名目ベースでは日本のGDPはやや拡大しましたが、国民一人分相当の実力で測ると、真に実質的な力は1995年に比べて低下しています。これにより、こじんまりとした経済規模ながら、高コスト構造や低成長の弊害が浮き彫りになっています。

2. 平均の一人あたりでは増加、富の分配が上位層に偏る中でも、国民一人あたりの平均購買力は着実に改善しています。ただし、伸び自体は諸外国に比べれば控えめです。

🔍 まとめ
指標 1995年                       2023〜25年
PPP(購買力平価)ベースGDP総額 〜7.664兆ドル       〜6.741兆ドル(–▼12%減)
PPP(購買力平価)一人当たりGDP 約30,000–35,000ドル(推定) 約49,794ドル(実績)

総額では縮小 → 世界における「影響力」は相対的に低下

平均一人当たりでは成長 → 国民生活の実力は金持ちは成長して過半の下位の人は生活苦

✅ この30年の日本の経済の正確な肌感覚は下記である。

1995〜2025年のPPP(購買力平価) GDP(総額)は約▼12%減少(同じお金で買えるものが減少)

平均の一人当たりPPP(購買力平価) GDPは1990年代の約30–35千ドルから現在は約50千ドルに増加。しかも増えたぶんの多くは、上位1割の「上級国民」に集中。つまり、私たちが見ていたのは“庶民不在の数字ダケの成長”でした。

貧富の差が広がる中、日々のスーパーの値札だけがリアルに上昇中。成長感より、生活インフレのほうが肌に沁みます。

C. 金利という「現実」が、日本を直撃し始めた
世界中で金利が上がる中、日本の国債市場は揺れています。2025年、日本の20年債入札が不調に終わりました。投資家たちは「この国、返せるの?」と疑いの目を向け始めています。

なのに日銀は、政府の顔色を伺って金利を無理やり抑え込もうとします。その結果、円は安くなり、輸入品が高くなり、生活費がじわじわ上昇。気づけば私たちは、「見えない増税」をされているのです。

「金利を抑えたら国民が守られる」なんて思ってたら大間違い。むしろ、誰の責任かも分からぬまま、私たちが物価高と云う“痛み”を背負わされるのです。そして貴方の子の未来を貴方が破壊をしている事になります。

D. 「改革」という名の“選ばなければならない痛み”改革とは、気合と根性の問題ではなく、「誰かが損をする現実」です。

たとえば──
@ 高齢者医療の見直し(もう“無料の介護付き延命天国”は無理かも)
A 赤字地方の統廃合(駅がなくなる日も近い)
B 増税よりも給付削減(つまり“もらえる額が減る”)
C 公務員人件費や議員特権の是正(抵抗は最強)
D 富裕層への課税強化(でも彼らは海外に逃げる)
E 補助金の全面見直し(ゾンビ企業とはお別れ)

つまり「もっと我慢して」「もっと払って」「もっと諦めて」「おなか空いた」──そんな痛みです。

「じゃあ誰が犠牲になるの?」と聞きたくなりますが、残念ながら答えは「間違いなく、あなた」です。

E. 「変化を選ばないこと」が最大のリスク
問題は「誰かを切り捨てるか」ではなく、「全員が巻き添えで落ちるか」です。ザイルはもう限界。なのに政治は決断を先送りし、国民は現実から目を背ける。まるで、全員で気持ちダケぬくぬく凍死しようという謎の団結力(集団自殺するカルト教団とそっくり)です。

戦後日本が築いたものを、次世代に繋げたいなら、そろそろ“選ばなければならない痛み”と向き合う時です。そう、覚悟なくして未来なし。

崖っぷちに立たされているのは、政府だけではありません。私たち一人ひとりの心の中にも、すでに貴方の手足は凍傷になり腐り始めているのです。神経が麻痺して痛みを感じないダケですよ!