努力も痛みも必要無く”美味しい話”の裏には100%猛毒が仕込まれている
日本の不思議・・・クルマは国際価格の約70%で販売出来るのに、米はジャブジャブに補助金を60年余も居れ続けて国際価格の400%になってしまうのか?
農家に寄生する農業村の面々に対して・・対抗する若きプリンスは古古古米を通常の2カ月から2日の最短ルートで販売した。このプリンスの思考はとても浅くポピュリズム命の御仁である。これはこの親も全く同じで・・・世の中を良くするとしてやった結果は・・・日本に最悪(人間を資材化)をもたらしている現実がある。
努力も痛みも必要無く”美味しい話”の裏には100%猛毒が仕込まれている⇒例外無き原理原則、今回は米
この国のコメは、なぜこんなに高くて不幸なのか!
日本人の食卓に欠かせないお米。けれどもその価格と流通の裏には、見事なまでの「ムダ・矛盾・不合理」が、これでもかというほど詰まっています。そしてそれは、どこか私たち日本社会そのものを象徴しているようにも思えるのです。
たとえば「お米の適正価格」。JA(農協)の元幹部いわく、「3500円くらいが妥当」とのこと。でも、IT化した大規模農家が同じ品質の新米を売価1000〜2000円以下でつくれる現実を考えると、「あれ、それって誰のための価格ですか?」と首をかしげたくなります。
今回の日本の米騒動で儲けたのは問屋(5倍利益の問屋もあり)と原価が5キロ500円以下の超大規模農業事業体!(日本では極少)
なぜ日本の農業は、こんなに非効率なのか? 理由は戦後の農地解放にさかのぼります。小規模農家が大量に生まれ、「一家に一田んぼ」みたいな世界が定着。そのまま70年、国は非効率のまま放置し、自民党は票田確保、JAは組織維持。
それぞれの農業村組織の構成員の思惑ががっちり組み合わさって、効率化などどこ吹く風!山ほど税金をぶち込んで来ました!。農業の近代化より、選挙の票とJAよりの莫大な政治献金と称する賄賂?官僚は天下り先の方が大事だった――なんて言うと怒られるでしょうか。でも、事実です。
しかも流通までが“多重(8重構造)構造の芸術品”です。JAルートでは、なんと5次問屋が介在。精米、小分け、包装、再包装、念押し包装…とにかく「役割があるから必要」との説明。でもその結果、田んぼからお茶碗まで2カ月。お米なのに、ほぼ発掘調査です。
一方、政府が備蓄米をファミマに直接販売したときは、なんと最短1〜2日で到着。スピードが命の時代に、「JA流通は昭和レトロなスローフード」…と言えば聞こえはいいですが、結局は価格が上がって、生産者も消費者も幸せになれないのが現実です。
もちろんJAは「生産者から高く買い、消費者には安く」という理想を掲げています。でも現実には、本業の食品流通は赤字で、金融や保険でしっかり黒字。つまり、お米で稼ぐのではなく、農家の財布で稼いでいる構図。農協というより、もはや「農業系ファイナンス機関」です。
そして「中間マージン? いやいや、ため込んでるわけじゃないです」と言われても、価格が上がる現象を前にすれば、「じゃあ誰が幸せになってるの?」とまた疑問が浮かびます。
PPIH(ドンキの親会社)が「問屋なしで直接売れば安くなる」と提案すれば、JA側は「やれるなら、やってください」と。やる気はないけど否定もしない、という大人の対応です。でも本音はきっとこうでしょう。JAどっぷり依存の零細農家に大企業が対応できるハズが無い。「いずれ、同じ多重構造になると思いますよ…ふふふ」
そう、その“構造”こそがこの国の問題なのです。
農家の81%は2ヘクタール以下の小規模で、彼らが生産するのは全体の3割。残り7割は、わずか18%の大規模農家によるもの。でも農業政策は、依然として「小規模農家万歳」。理由? 選挙の票がバラバラに存在するから。それにJAも、自分たちの“顧客”が減るのは困るわけです。
しかも平均年齢71歳。冗談ではなく、パソコンアレルギー、ITアレルギーのおじいちゃんたちが、国の主食を支えているのです。しかも重労働。これを「サステナブル」と呼ぶのは、もはやブラックジョークの域です。
そして誰も責任を取らないまま、「現状維持」が選ばれ続けてきました。
アメリカやオーストラリア:100ha超の企業型超大規模農家が主流。ドローンや自動運転トラクターも使用。アメリカの平均耕作面積は150〜200 ha(稲作限定)生産原価(5kgあたり)約186〜232円程度。方や日本は約 1.5〜2.0 haしかも71歳の老人、生産原価平均は約1,000(大規模)〜2,800円(零細)
でも、これって本当に未来につながっているのでしょうか?
この国の農業は、もはや“生活”ではなく“遺産”になってしまったのかもしれません。JAも、自民党も、農水省も、そして私たち消費者も、「いつか何とかなる」と思い続けてここまできました。けれど、お米が高いのも、届くのが遅いのも、農家が減るのも、すべてが「なるべくしてなっている」ように思えてなりません。
いまの日本は、お米ひとつとっても「このままでいいはずがない」と気づけるヒントに満ちています。なのに、そのヒントすらもみんなで見て見ぬふり。
どうか、この“ぬるま湯の構造主義”から、そろそろ目を覚ましませんか。”自称善人!その実態は極悪非道の悪党”をそろそろ駆除しませんか!
もしも未来の子どもたちに、「お米って昔は国産があったんだよ」と語る日が来たら、それこそが、この国の“本当の危機”なのかもしれませんね。このまま変化嫌いの思考停止の日本人では、その頃には外国からお米買うお金が有るかどうかも?不安ですね!