学びが学びとして機能しない民族⇒学んだフリだけ
私は日本人が暮らす為最適空間、それも一人一人全部違う部分と日本人にほぼ共通する感性、感覚を深く深く追求する事を1つのライフワークとしている。そこで日本人を知るために、特に近代史や日本人の脳研究の書物をメチャクチャ読み込んでいる。そしてとても不思議な唯一無二の日本人の実像が見え始めた。ふー・・その概要を表現する言葉が下記である。
「熱いモノに触って、ジュッといって反射的に飛びのくまでは、それがいくら熱いと説明しても受け付けない。しかし、ジュッといった時の対応は実に巧みで、大けがはしない」⇒「空気」の研究より
しかし、日本人は直ぐに忘れる・・また、同じ過ちを犯す、そして日本人の知者と言われる人々は決して自分でこの熱きモノに触れようとはしない、命じた愚者がいくら熱くて飛び上がろうとも、その事実さえ無謬性で見ない事にしてしまう。そして日本の近代史は熱さなど飛び越えた殺戮の歴史でもあった。
日本の1銭五輪の若き兵隊をモノとしてカウントした⇒今の今も日本のリーダーは若者をモノとしてカウントをしている。壊れれば取り換えるダケと・・それを許し唯々諾々と従う無思考の民の国、それが日本の実相
チャップリンの「一人殺せば殺人者で百万人殺せば英雄となる」・・人類の歴史は殺戮の歴史
今の時代は「一人殺せば殺人者、10人殺せば殺人鬼、100人殺せば歴史に残り信者が生まれ、1000人殺せば教祖様、その後殺した数が増えれば増える程英雄となり最後の最後は神(徳川家康)となる」
だから今の今でも多くの都市のお祭りには・・”武者行列”・・と言う戦地に人殺しに向かう行列を行政が祭りと称して行い多くの国民(毒親)が子供に見せて楽しんでいる⇒無思考と云う病に罹患
同様に残酷にも動物から野生を奪い見世物とする動物園と云う確実に動物虐待の場を子に見せて喜んでいる親が山ほど居るのである。教育的観点から生物多様性を見せたいのであれば・・日本国に1か所の広大な土地に動物が自由に生きられるような生態(動物の実相)を見せなければ全く意味がない⇒それを知恵を使い実行して居る動物の生態展示の旭山動物園は世界から顧客が集まる。
まさに殺しまくったスターリンもチェゲバラも・・・歴史上の英雄である。スターリンは自分に反対する自国民を(1927年〜1953年のソ連における政治的弾圧の犠牲者)4000万人殺した。同じ様に殺しまくったヒトラーは負けたから人類の敵、大罪人に成ったダケ(勝てば官軍)
性善説等でいうところの「善悪」も、実はその基準は極めて恣意的であり、その時の社会的背景等の状況を鋭敏に反映して、コロコロと変わる歴史が厳然と存在。
善というのは生得的に基準が決まっている感覚では無い。自分たちに都合がよければ「善」、自分たちに損害があるようなら「悪」と、変更しやすいようにわざわざできている。そして善悪は時代と共に紆余曲折して来た歴史が存在する。
善悪は「柔軟に変えられるよう所属するコミュニティによっても変わる、当然時代や国によっても違う。
ロシアのプーちゃんもウクライナ侵攻は正しい事、善と思いロシア人の8割の人も善と信じている。現実は得てして理論よりも不都合である。今の日本社会もロシアの構図に近いと強く疑われる。
日本人の7割は日本語が読めない、理解出来ない!仕掛ける側の利益を目的としたバカでも判る数文字程度のタイトルや煽り文句で容易に誤った正義感に火が付く日本人の超低脳状態。エンタメとして簡単に人を攻撃。
確証バイアスの攻撃側は自分の誤った主張に従って人を断罪する快感を味わいたい中毒状態⇒同質の人間が集まり大炎上、攻撃する当人が自己充足のドーパミン中毒となる。
日本中の大人も子供も日本語話者なのに、文章をきちんと読めない人、本を読まない人が、自分が正義中毒(ドーパミン中毒)であることを客観視できないまま、いつもいつも誰か一人を見つけようと目をぎらつかせていて、標的が見つかればいち早くその人を攻撃し、快感を搾り取るように攻撃し続けて、それに溺れて日々を過ごしている!そしてやがて自分自身がやられる側になる事を理解していない。
仕掛ける側に安易にコントロールされ搾取され続けるバカ過ぎる安易に仕掛けられてしまう日本人!
日本の大衰退を始めとして日本人の幸福度最低、生産性最低、やる気最低・・諸悪の根源は日本の間違った教育にその根源は存在して居る。
教育の質=国民の質=政治屋の質=経済の質=国家の品格・・・これは間違いない原理原則である。
★善悪は、表裏一体、変化有り・・・見方によりて、善が悪なり 感性と気付きが大事