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大地に立たない(触れる事をやめた)唯一の生き物⇒人間

約500万年も前から二足歩行をしていた人類⇒人は靴をいつから履きだしたのだろう?⇒たった100年程前・・・現生人類は約30年前から存在しているので・・・100/500万0000年、100/30万0000年しか経って居ません。

ワシントン大学の人類学者、エリック博士の研究⇒人類は4万年前から靴を履いていたと化石の足の骨の形状から推定

物として確認できる古い履き物は、BC.2000頃のエジプトで貴族がシュロの葉や動物の革でできたサンダルを履いていた。しかし、一般人は裸足。ここまでの数百万年は人類は裸足。

日本では?

縄文時代にはカンジキや長靴型の革靴の存在の可能性有り。弥生時代には農作業用の田下駄、板に縄を張っただけの、カンジキの延長。これは履き物では無く道具の要素が高かったと推定。

古墳時代になると藤の繊維でおった布の半靴が履かれる⇒中国との交流の中で伝承。

8世紀から9世紀の奈良・平安の頃には、天皇など宮中では表が彩色され内側に絹を張った烏皮沓を履き、内親王や高位の女官は緑や銀色の沓を履いた。草履・草鞋・下駄の原型がこの頃に登場して、裕福な一般人も裸足から草履や草鞋を履くようになってくる。上流階級の履き物が靴。

裕福な一般人が靴ではなく、草履や草鞋を履くようになったのは、鎌倉時代・・・鼻緒の履き物が盛んになり、指の割れた足袋も生まれる。

そして・・・

蒙古襲来絵詞(もうこしゅうらいえことば)という、鎌倉時代後期の絵巻物に登場⇒足半(あしなか)という踵がすっかり出てしまう履き物は、武士だけではなく、一般人にも普及

『信長公記』にも信長が朝倉との戦いで裸足のまま活躍した兼松正吉に褒美として足半を与える場面がある。この足半は兼松家に家宝として受け継がれて、現在は名古屋の秀吉清正記念館に寄贈、展示あり

現代のような洋靴が履かれるようになるのは、幕末から明治の話。西洋式軍隊訓練が盛んになり、1870年に陸軍の兵士用の靴を国内生産するために、「伊勢勝造靴場」が設立。

1907年(明治40年)に三越呉服店でデパート初の靴売場を設け、紳士・婦人・子供靴が販売されるようになる。一般人にも洋服着用が広まるようになるのは、大正に入ってから。一般人に本格的に広まるのは戦後の話。

道具から装飾品へ変容⇒誰もが靴を履くようになって100年も経っていない。

人類が誕生して約500万年、現生人類が生まれて約30万年・・・平民はその殆どを裸足で生きて来たと云う人類史が確実に存在・・・その長きにわたるDNAの進化、たった100年?程度で時代の変化や生活様式の変化に・・人間のDNAが最適変化をして対応できるハズも無い。

この私でさえ公園や神社で幼い頃裸足で走り回っていた記憶が確実に存在する。保育園や小学校の運動会の徒競走では大人も子供も裸足で競争して居た記憶がよみがえる。もちろん、田植えや畑でのお手伝いは裸足で在った記憶も存在する。

人類は長きに渡り大地と接して居て体内の静電気等(体内静電気・体外静電気)を逃がして居ながら長きに渡り生息をして来た。

アース住宅は・・・人間の生活には価値が在る様な気がするのだが???

只今、私が半年前位からわが身を持って実験中である。一日に5〜10回ほど体にアースをする事を初めている。

確かに私の趣味の一つに27前より始めたガーデニングが有るが・・庭で大地と接する土に触れた後はなんとなくストレスが解消できて気分が爽快になる経験は何度もしている。

さて、さて、どうなりますことやら・・・未知の生き物人間・・・不思議な生き物人間ですね

我知らず、我が吾知る、学びとは・・・常識の外、チャレンジ大事