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日本のオールドエコノミー大企業の企業風土⇒忖度⇒不正⇒隠蔽⇒発覚⇒発覚意外はさらに隠蔽
三菱電機では品質や検査をめぐる不正が広がる⇒「『言われたとおりに試験をやっていればいい』などと怒鳴られることが度々あり、疑問を口にすることはしなくなった」。過去にも不正があったのに、経営者に忖度し取締役や監査役らが適切に調査してこなかった⇒隠蔽した。
東芝の株主総会をめぐる圧力問題では、経営陣の一部に企業倫理に反する行為⇒経済産業省を頼りにしすぎる「行政依存」の体質。
みずほ銀行では度重なるシステム障害情報が経営陣まで伝わりにくく、責任の所在もあいまいになっていた。金融庁は「言うべきことを言わず、言われたことしかやらない」といった組織を見直す事を勧告
三菱電機やみずほ銀行は、拠点や部門間の人事異動を増やし、外部人材の登用などを進める。東芝は「誤りを認める文化」を築くため、失敗に関する情報をその都度社内で共有する⇒と回答をしているが守られる保証など無い。
三菱電機や東芝、みずほ銀行の親会社のみずほフィナンシャルグループ等の不祥事企業は社外取締役が多数の「指名委員会等設置会社」⇒でも全く機能しなかった。
日本の大企業の経営層の根本的な間違いは・・・企業は公器・・・と云う基本のキが理解できていない。なぁ〜なぁ〜の個人商店以下の企業哲学しか持ち合わせていない。
日本人の殆どは・・・原理原則・・・さえも理解できる頭脳が欠落している様な幼稚な生き物である。
75年前、焼け野原の日本に降り立ったマッカーサーの言葉通りである。今も今も全く同じで1ミリさえも進歩をしていない。
マッカーサーの言葉・・・「こいつら全部中学生だ!!!」・・・日本人の為政者を含めて日本人全てに向けられた言葉である。
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日本人の歴史上最高に豊かでまともな時代それは1960〜1990年の30年間である。日本人の過去の歴史約8万5000年の中で唯一豊かで成長出来た後にも先にも無い30年(1回こっ切り)である。何故に負のDNAを持つ日本人がこのような発展が成し得たか???それは世界のパワーバランスの拮抗によりアメリカの下請け(子分)になれた事が最大で、その殆どの原因である。
1945年日本全土が焼け野原・・生きる為の全ての人が必死で考え行動しなければならないハングリーな時代を生き抜く為に・・「日本人の負のDNA」・・にかまけて居る暇など1分たりとも無かったからである。生きる為に全ての人が必死に考え日々チャレンジをしてその日、その日を生き延びた。
それがアメリカの下請け仕事から1円でも生きる為に多くの利益を生み出す創造力に全力を傾注できたからである。教育も工場で文句を言わずに正確無比に働く労働力をどう確保するかと云う1点のみでなされてきた。
企業も全体主義で人々にチャレンジできる場を提供できる産業インフラの整備が整い国民の創造力の発揮を可能にした。
しかし、豊かになればなるほど日本人は減点主義が横行して現状維持でリスクを取りチェレンジをしなくなった。そして現状維持の不満からチャレンジし群れから逸脱する尖がった分子は徹底的に踏みつぶされ迫害される文化が育った。それでもチャレンジした勇気ある者が失敗した場合永遠に”失敗者”の烙印を押し立ち直るのが難しい日本社会になった。
群れの中に居るモノは、それなりに豊かになったけれど失敗など許されない全体主義はさらに色濃く続き、失敗に不寛容な社会となった。成長期は人口も爆増していて「失敗した者=壊れた部品」としてすぐさま取り替える事が出来た。しかし、今の今少子高齢化により人が居ないにも関わらずこの「「失敗した者=壊れた部品」⇒直ぐに取り換える」」と云う腐った風土はそのままであるので・・・取り替えられる事を恐れる利口バカが隠蔽する風土を醸成し続けている。
そして多くの日本人が「失敗」を実業としての失敗では無く、忖度する事、企業の”実力者の気分を害する事”のみが「失敗」する事と思い込んでしまった。
この負の循環は日本では延々と続くのであろう。敗北を転進と称する様なごまかしが今の今も延々と続いている。1960〜1990年の30年間の黄金の30年間に咲いた脳みその他力によるお花畑が大衰退した今でも未だに咲き続けている。
失敗を覚悟してリスクを取りチャレンジする精神、勇気・・・これが無ければ何も新しい価値は生まれない。失敗した経験は大きな価値であるがこの価値をプラスと考える日本人は殆ど居ない。何度も何度もチャレンジを可能にするアメリカなどとは真逆の価値観⇒何も生まれない⇒コモディティー化の洗礼を受け衰退する事は間違いない⇒今の日本の目の前の現実
腐敗菌、やがて分解、消え去るは・・・うたかたと消え、哀れ極めり