それでも日は登る・・・それでも搾取は続く・・・限界有り
時代の価値が激変・・・しかし、変化を嫌う日本人・・・日本のあらゆる製造業の5つの特徴
(1)モノづくり信仰、(2)垂直統合(系列)への強いこだわり、(3)自前主義(系列主義)、(4)電気、材料、IT系エンジニアの軽視、(5)形のないものにお金を払えない、という5つ
日本人の精神的特徴と良くかぶって居ると思う。
1,日本人は最高の民族(モノ造りが出来る) 2,4〜5重の下請け多重構造が大好き 3,日本製はナンバーワン 4,新しい産業や新しい価値を軽視⇒種を植えずに若葉を無視⇒寄らば大樹の陰信仰 5,形の無いモノにはお金は払わない。
ダイバーシティーなんて大嫌いな民族、それが日本人・・もう時代は10年以上前からモノからコトに変化をしているのですね・・さらにこれからもモノの相対的価値は下がり続けていきます。
それはあらゆるモノと云うモノが成熟化して・・実用的な価値の差が付けられない状態⇒「過ぎたるは猶(なお)及ばざるがごとし」
注:度が過ぎたものは、足りないものと同様によくない。 不十分なのも困るが、過剰なものには弊害があり、物事にはほどよさが大切である、ましてや過剰な性能でコストが高いなんて事は許される事では無い。
歴史を俯瞰すれば時代の進化と共に価値は確実に変化をしています。この時代に合わせて価値観や行動を変化対応させる事が大嫌いな民族それが日本人
120年前に馬車の時代が終わった様にもう車の時代は終わった!!!ビークルの時代に世界は変化をしている。
豊田商店のボンボンオヤジは・・自動車レースが大好きである、1年に1度しかない予定の決まって居る業者総会さぼってレース見に行っちゃうオヤジである。時代遅れの自動車の楽しみなんて言って未だにスポーツブランドを独自に立ち上げ「走る、曲がる、止まる」が価値だなんて声高に叫んでいる。そんな価値は一部(1〜3%程度)のノスタルジーオタクの価値である。CASEの時代には無用な価値。
「走る、曲がる、止まる」の価値はそれが技術的に十分出来なかった30年以上前の価値である。
ボンボンオヤジの時代遅れの感覚・キャッチワード⇒アンポン Racing が極限で培った技術と情熱を惜しみなく注ぐスポーツカーブランド、GRAKUTA。 街を走るのに、レースに勝つ速さは必要ない。 だが、レースに勝てるクルマは安全でドライバーを疲れさせない。 何よりも乗っていて楽しい。・・とのたまわる!
今の今車があふれかえって居て信号機だらけの都会や地方都市で・・楽しく走れるハズも無い。
わざわざ夜中に1〜2時間かけて山の中のド田舎に出かけなれば楽しさを感じるようなドライビングなど不可能である。ジジイやババアがウヨウヨいてノータリンの自転車の若者が、後ろさえ視ず飛び出し平気の、それこそ我が道を行く的な無法をする日本で気持ちよく走れば即殺人者になる可能性もとても高い。
このオヤジの持論⇒馬車の馬は淘汰されたが競走馬は今でも残って居るのでスポーツカーなら生き残れる⇒バカすぎる・・当時アメリカだけで1500万頭の馬車用の馬⇒現在の世界全体の競走馬約9万頭(乗って楽しい価値を理解し実践する人は1〜3%の人、残りの9割以上は迷惑でしかない)
危険極まりない溶岩流に焼き尽くされ火山灰に埋もれるブンブンシティーなど作るだけの脳みそで有る事が良く理解できる
日本が50年前より次々に衰退を繰り返してきた産業の衰退原因そのモノに未だに固執している愚かさに気付きもしない。かつての日本製クオーツ時計や液晶テレビと全く同じである。
今の今世の中を正確に見渡し現代の自動車と云うモノをキチンと見渡すと・・・軽四でも自動車の性能の30%程度しか使って居ない。高性能な普通車など10%も使って居ない。オタクが上記の「何よりも乗っていて楽しい」感じるように使えば高確率で事故を起こし廻りを巻き込み大不幸になる!!!
本当に顧客様や社会の事、地球の事を考えれば・・・今の自動車の性能は半分以下でも十分お釣りがくる。当然価格も半分程度にはなり得る。
つまり、顧客に必要な機能など気にもせずに2〜3倍もコスト負担をさせている我欲の哲学である。金持ちの道楽なら、金持のオタク度をまんぞくさせるだけなら、金持のノスタルジーを満足させる・・特殊なクルマを否定して居る訳ではない・・・豊田商店の車は中身がスッカラカンなのに3倍の値段で売って居る事に怒りを感じるのである。
そんな事はプロが見れば一瞬で解る・・・前輪のブレーキローターの大きさやキャリパー等のその性能を見ればどれだけ言っている事とやって居る事が違うかよく理解できる。ベンツやポルシェより遥かにチープである⇒一丁目一番地安全を軽視して居る!!!
家作りも全くそうである。色々な住宅メーカーや設計会社のサイトを見る時、安全(地盤安全・構造安全・耐震等級・偏心率・環境安全・経済的安全等々)や家創りの哲学が書いていないメーカーや設計会社はとても危険である。
このアホーばかりの日本でもスープラやレクサスのスポーツカーの5倍ポルシェが売れている事実がそれを証明して居る。
見え見えの偽物はどれだけ美辞麗句を重ねようが見破られるのである。
これを書いている私は・・若い頃86レビンを夢にまで見た男が言っているのである。セルシオを23年間乗り続けた男が言っているのである。
さらさらの小川がやがて大河となり・・あちこちによどみが出て、腐り始めた結果なのだろう。
大男(おおおとこ)総身(そうみ)に知恵(ちえ)が回(まわ)りかね ・・・と云う状態かな?
(からだばかり大きくて愚鈍な者をあざけっていう言葉)
これは日本の世襲や何十年も続く大企業全てに言えるコトなのでしょうね・・・日本中がまさに過去の成功体験の呪縛やイノベーションのジレンマにズッポリハマりまくっている様ですね。
新陳代謝が殆ど起きない国、それが日本・・・限界まで行ってぶち当たって潰れて崩壊して外力でしか変えられない体質を持つ民族、それが日本人
総括も、反省も無し、無謬たる・・・勘違い族、それこそ日本