言葉の・・・深さ! 貴方は感じた事ありますか?
日頃の妻殿への感謝を込めて有名温泉に小旅行に行ってきました。単調な移動時間に本を読もうと思い240ぺージほどの1冊の持って行きましした。往路の工程で1冊まるまる読み終わり、帰りの工程でもう一度、著者の意図や伝えたい事を深掘りしながら、考えながら、考えながら読み終えました。時間がもったいなかった!2冊もっていけばよかったなぁ〜〜〜と少々反省をしました。
本は大好きで大好きで・・・私は日ごろ本を何時も持っています。ほんの少しの時間でも本を開き読みます。
本を読んだら・・・考え、正しい英知に接したら、未知なる英知を感じたら確実に行動を変革させます。その繰り返しの人生の様な気がします。ありがたい事の能力も複利で伸びるようですので私の時間当たりの労働生産性はとんでもないスピードで高まってくれています。
どの様な能力が伸びたか?・・・それは”問題発見力”です。的確に問題のありかを感じ、その本質に気付く力は私の時間効率を最大限に高めてくれています。そして、その問題のソリューション力も多くの英知や多くの高スキルの人脈の豊富さが解決してくれています。
人の価値は・・・他人様に役立ってなんぼ!・・・と私は心底思います。
本と云うのには、世の中と同じで善も悪も有ります。この善と悪を見分けるコツは自分の心が善なのか悪なのかにより直ぐに見分けが付きます。悪人心は悪書をえらんでしまい、善人心は善書を選ぶようです。一人の人間が全ての時間、全ての事に一切悪が無いなんて事はあり得ません、一人の人にも善、悪が混在して同居をしています。それが人間と云う生き物の様です。
その比率を如何に・・・悪を少なくしたり、悪を台頭しないような精神力を保つか?そして善の心を如何に維持し利他に尽くし切るか?それが人間の本当の価値と思うのです。
私も時折失敗をする事が有り反省する場面もあります。その時、本当に心を込めてお詫びを申し上げます。・・・ごめんなさいと・・・・
このごめんなさいには本来は接頭語がついて居ます。それは・・・”このままでは”+”ごめんなさい”・・・です。ごめんなさいにはごめんなさいと云う状況や結果を改善する行為が付随して居るからこその・・・ごめんなさい・・・と云うお詫びの状況改善の実行の誓約の言葉でもあります。
今!現代社会日本では・・・言葉が言葉の持つ意味を発揮しなくなり、言葉がとても軽く扱われている風潮が蔓延しています。
詫びる事=負け・・・的な発想をしている人を本当に良く見かけます。ごめんなさいと云う状況は心から自分がしでかした負の結果の責任を取る事を誓約する決意表明ですから・・・勝ち負けの問題では無いのです。
まさに反省無き自己保身です。自分の過ちを認めようとせず他者にその責任を押し付けて自己正当化を押し通す人を本当に多く見受ける様になりました。特にこの傾向は企業の大小を問わずに顕著に表れています。
今、日本のあらゆる組織が劣化をしています。その勢いたるや激烈に低下して行っています。それは人そのものの劣化のなせる不幸です。問題を問題として認識しない社会にソリューションも無いしイノベーションも無いし、秩序さえ無いのです。
それが・・・日本の本当の姿です。
原理原則・・・原因が有り結果が有るのです。正しい原因には正しい結果があり、間違った原因には間違った結果が有るのです。
学ばない人に・・・そもそも未来など無いのです。そして学びの質もとても大切な要素です。今、先進諸国の中で日本の学びの質も量も最低ランクです。シンガポールや中国では今とんでもない多くのエンジニア養成に国費を投じています。日本に比べ人口比率にして約3倍前後のエンジニアを排出しているのです。小学校の卒業試験さえある国もあります。
反省し・・・心底詫び・・・正しい行動(自己変革)を起こせない人に・・・未来など無いのです。
教育の荒廃=国の荒廃・・・です。例外はあり得ません。教育とはIQ、EQ、HQこの全ての向上及び感性教育のレベルアップを意味します。
教育屋が食うためだけにあるオールド教育では・・・未来などあり得ない。だから自ら未来の時代に価値ある正しい英知を学ぶのです。
今日本の企業で大流行のTOEICは大学生や社会人などがこぞって受ける英語試験、世界的に受験される試験でありえますが、日本人の提案により生まれた試験であることもあり、受験者の大半が日本人となっています。リーディングとリスニングしか試験をせず、多肢選択式の問題形式であるため対策がしやすいため、スコアを伸ばしやすいという特徴があります。ただ、TOEICも日常英語を測る試験であるため、社会人向けに運営されるカリフォルニアのエクステンションコースなどを除き、受け入れているアメリカの大学はほぼ皆無。
TOEICで満点のスコアである990点を取ったとしてもEQが低ければ外国人とのスムーズな会話、コミニュケーションは取れません。役に立たないのです。
そもそもどのような言語で有ったとしても・・・ハートレベルが低い人、人間力の低い人には会話そのものが成立しない大原則を忘れてはなりません。物事の一丁目一番地を軽んずる不思議すぎる民族・・・それが間違った教育屋に毒された日本人の実態です。
天は自ら助くるものを助く!!!・・・原理原則です。