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アジサイの花が満開の庭

今、我が家ではアジサイの花が満開です。青紫の大輪がきれいに咲いています。アジサイの花言葉は「辛抱強い愛情」「一家団欒」「家族の結びつき」などとか?昔からある花言葉の代表としては、咲き始めてから色が変わるからか?「移り気」と云うのがあった様で私は今までイメージ的に敬遠していたのですが・・・花ことばもなぜか?時代と共に変わっていくのかも知れません。土壌が酸性の場合、アルミニウムが溶けて吸収されやすくアジサイは青みの花をつけます。

逆にアルカリ性の土壌で育ったアジサイは赤みの花をつけます。そしてアジサイはの花の色や形でもそれぞれの別の花言葉を持つようです。青又は青紫の花言葉は・・・「冷淡、無情、高慢、辛抱強い愛情、あなたは美しいが冷淡だ」

ピンク〜赤紫の色の花言葉は「元気な女性」
白色の花言葉は「寛容」
廻りに花びらが出来るガクアジサイの花言葉は「謙虚」
なぜに我が家の庭にアジサイを植える様になったか?それは以前、鎌倉旅行をした時にアジサイの咲き誇る明月院や長谷寺、建長寺などをめぐりその美しさに感動したからです。

そもそも花言葉の起源
発祥は、17世紀頃のトルコだと言われています。トルコでは、恋人への贈り物として、文字や言葉ではなく、「花に思いを託して恋人に贈る風習(セラム)」があったそうです。これが、ヨーロッパ中に広がり、各国でその花のイメージからその国のオリジナルな花言葉が出来上がったそうです。花言葉はそれぞれの国の歴史、風習、神話や伝説から生まれ、当然宗教的な事も関わってくるため、同じ花でも花言葉が全然違う場合があります。

日本に花言葉が「輸入」されたのは19世紀末の明治初期だと言われています。当初は、輸入された花言葉をそのまま使っていましたが、やがて日本人の風習や歴史に合わせて日本独自の花言葉が形成されていきました。

花言葉って誰が決めるの?
誰でもが勝手に花言葉を付けて良いのかと言えば、やはり花卉業界の団体が中心となって決めているようです。新品種が開発された場合にはその開発者自身が花言葉を決めるそうですし、生産者が消費者から募集して命名する事もあり、販売会社が販売目的のイメージで決めたりすることもあるそうです。
つまり結論から言えば・・・適当って事でしょうかね?

同じく適当に決められた風習がこの日本には山ほどあります、それはバレンタインデーしかり、恵方巻しかり、仏教徒?のキリスト教会での結婚式しかり、とにかく良く言えば多様性がある、悪く言えば根拠希薄な適当・・・まさにここでも空気感が人々を支配しています。

それは・・・私たちの家創りも同じような適当な空気感でなされている恐ろしさがあります。大企業が売る側にとって都合が良い空気感をマスゴミを使い作り上げそれに唯々諾々と無思考のまま流される家作り!!

日本人を一言で言い表すとしたら“当事者意識の無い適当なやつら!“と云う事になるでしょう。

自分はどう思う、自分はどう感じる!!!それが一番大事です。私もかつては適当な花言葉・・・移り気・・・のイメージに支配されアジサイを敬遠して来ましたが・・・自分で見た鎌倉での美しさ、この自分の率直な気持ち、感性、これが一番大事ですね!!
我が家の紫陽花は日に日にその色を変え姿を変え・・・毎日、毎日、私を楽しませてくれています。そしてその紫陽花の美しさを、やがて全てが薄茶色になる枯れた紫陽花まで楽しみたいと思います。

枯れた紫陽花も美しいのよねぇ〜

枯れた男も・・・凛々しいのよねぇ〜

枯れた女も・・・味が有るのよねぇ〜

人も枯れた紫陽花の美しさの様に同じくエンディングまでの全てで美しくありたいものですね・・・