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家が工業生産品(金しか考えないモノ)になるぅ〜

今・・・日本人がヤバイと原因を同じくして・・・家がヤバイ・・・むしろ家と云う名前を付ける事ははばかれる時代になるのかも知れません。車が・・・モビリティーになるように・・・家も・・・スペイスホルダー・・・と云う名前が適当と思われる時代に向かいつつあるようです。

そこには・・・人間の本質などどうでもよい・・・ただ、どれだけ効率が良いか?、ただ、どれだけ儲かるか?そんな価値観のみの占める工業生産品に成り下がる近未来が容易に想像が付きます。人間は環境の動物ですから・・・人間の右脳がさらに退化する時代・・・人間と云う名前も不適当な時代になるのでしょう。

人間・・・考える葦・・・では無く・・・欲の充足生物・・・

生体のバランスなどお構いなしに増殖する・・・がん細胞の様な存在、つまり、自然界のバランスなどどうでもよく欲を求めて際限なく増殖し環境を破壊する生物となるのかも知れません。それは・・・集団自殺に近い行為でもあるのです。ガン細胞も際限なく増殖したら・・・がん細胞自身も生きながらえる事は出来ないのに愚かにも際限なく増殖すすることに近いかも?です。

先日・・・大企業開催の・・・ビジネスセミナーに出向きました。

そこでの基本の話は・・・欲と価格の比例極大化・・・それがビジネスの基本との話がありました。

大企業は・・・欲(ニーズ)に対して・・・ライバルの価格を徹底的に調査し、売るためにライバルに対して最低価格を見つけ出し、そこから最低でも2割の低価格を・・・販売価格と決める。

この決めた最低価格ありきで・・・利益を4割ほどとり・・・製造原価、製造工賃、販促費を決めていくとの事です。競合他社がギブアップするまで合成の誤謬にまい進するのが大企業の戦略との事です。

作り手の歓びや・・・作り手の時の価値など・・・無視しないとこの時代は生き残れないとの事の様です。この考え方に・・・人間本来の・・・幸せに生きる・・・と云う価値は数字(売り上げ)の前にはどうでもよい事の様です。勝ち組大企業ほど・・・その構成員に人間性が希薄な事と一致する悲しい現実です。

人間と云う生き物がスペックだけでは全てを表現できないのと同じで・・・家もスペックだけではその目的機能の何分の1さえも満たしていません。しかし、多くの欲の充足生物は・・・スペック第一で欲を充足させようと愚かなる選択をしています。挙句の果てに実利的に何の意味もなさない見栄を満足させるだけの・・・愚かすぎるオーバースペック競争に明け暮れます。

まさに・・・この考え方そのものが・・・地球環境を破壊し・・・人間を結果として不幸に陥れている主原因です。

巣の安堵感に勝る家など無いのです。

私は子供のころ・・・幼友達等と・・・巣(大型の鳥の巣)・・・を作って遊んでいたことが有ります。乾いた稲わらを集めて・・・小さな野良にある農家の作業小屋に・・・自分の思うままにアレコレ考えて自分仕様、オンリーワンの巣を作りその中で眠った経験が有ります。なんとも云えない至極の安らぎ感を感じた思いでが有ります。極上の時・・・でした。

そもそも・・・本来自分が快適に移動する手段としての車の為に・・・自らがあちこち人生の大半を移動しなければならない不思議すぎるマッチポンプな人生を多くの人々が消耗しています。先のブログをお読みくださった方ならすぐにご理解いただけると思うのですが・・・車と云う移動手段の稼働率を考えて、その価格の本質を考えたとき・・・車は一日当たり平均72分程度の使用であり稼働率は5%前後ですから家の約5〜7倍も稼働率で考えると高い商品である事はすでにご承知の事と思います。これは10年に一度300万円程度の車を替える方の試算です。3年の車検ごとに車を買い替える方の損耗度を考えるとこの試算は一気に2倍から3倍の非効率度に跳ね上がります。

家も・・・すでに余りに余っている現実が在るのです。しかし、なぜに日本だけこんなに中古流通が無いのか???それは・・・中古住宅の価値が無いからに他なりません。日本だけ20年たてば中古の価値はほぼゼロになります。

なぜなら・・・そういう価値が激減する家作りが・・・日本の戦後の大手ハウスメーカーを中心とした家造りそのものだからです。・・・解りやすく言うと・・・仮設建物的な家造りなのです。それが今でさえ何も考えずに何も反省せずに続いています。仮設に3000万円なんて値段が付いても売れちゃう国なのです。この3000万円の本質的な価値(時の風化を受けない価値)はたった500万円も無いのです。

簡単に解りやすく言えば・・・昔のブリキのおもちゃと・・・高度成長期後のプラスチックのおもちゃの・・・時を経ての価値の差と思えば良いと思います。

”味わい”が無いのです。効率第一、スペック第一のファミレス人間ばかりを増産する教育に最大の問題があります。

ビジネスホテルAの夕食にかつ丼1杯と・・・
ビジネスホテルBの夕食にかつ丼10杯・・・この差に・・・貴方は真の価値の差を見出しますか???

必要以上のスペックに何の価値があるのでしょうかね?工業製品でない人間の”時の質”(心の満足度)の価値が工業製品のスペック的価値だけに左右されてはなりません。