祗園花火・・・
昨夜、豊橋祇園祭の打ち上げ花火大会に行って来ました。わたしもかれこれ10年ぶりぐらいの見学です。今回は桟敷席では無く・・・無料の立ち見とピクニックシートに座り花火に合わせて場所を移動です。さすがに間近で見て、そしてその大音量の爆裂音に接すると迫力は有りますね・・・会場はそれなりに混んでは居ましたが・・・不自由になるほどの混み具合ではありませんでした。
しかし・・・しかし・・・しかし・・・帰りの市電の待ち時間はそれなりに有りました。
花火はそれはそれは壮大でしたが昔ほどの感動を何故か?感じる事が無かったのも事実です。マンネリ化の空気感で・・・私にはこの花火大会の進化を感じられなかった故の不満だったのかも知れません。
花火大会が進化???花火大会は伝統だから毎年同じの前年踏襲で良いのでは?と言う声が聞こえてきそうですね・・・しかし、しかし、良いも悪いも別にして日々進化し続けて居る現代社会に身を置き、また自分自身も年齢に関係なく日々進化している努力をして居る身からすれば・・・
どんなに盛大でも・・・たるい・・・のです。・・・ふぅ〜〜〜ん?で終わりです。エンターテイメントとしては可もなく不可もなくなのです。過去のノスタルジー、遺物的な感覚
例えば・・・若い頃欲しくて欲しくて喉から手が出るほど欲しくて・・・・・当時はあきらめていたモノが・・・自分の日々の努力、進化する事が出来た故に相当の歳月を経過して・・・今・・・手に入れる事が出来た時・・・慶びは一瞬であり・・・すぐさま、ふーっと消えていく感覚に似ています。
俺って・・・むかしは・・・こんなモノがほしかったんだぁ〜〜〜的な・・・感覚
若い頃の物欲強き未熟な自分には相当の価値が有ったモノが・・・それなりに努力の時を経て手に入れてみると・・・ふぅ〜〜〜ん???なんだこれ???的な感覚
ノスタルジーにひたり続ける様になると・・・もうその人間の進化が止まるのかも知れません。
時が加速度を付けて流れる現代社会、その流れに遅れまいと真剣に努力をしてきて・・・はたして自分は心から満足をして居るのだろうか???何とも言えない・・・空虚感が漂う!!!その空虚感を払拭してさらなる中身を求めてさらに、さらに額にしわを寄せて必死に努力をする自分自身
時を経ても変わる事なき空に打ち上がる花火を見て・・・
しばしの光陰を見て・・・
今を大事に真剣に!!!と・・・思った祗園花火でした。