« 6点 | メイン | まままぁ〜いった!!! »

人間とは?不合理な生き物の様である。

私も同感である。

本日、某経済学の大家の論文を読んでいたら書いてありました。不合理な生き物人間!!!

おもしろくもあり・・・悲しくも有り・・・です。

ほんのちょとだけ自分の直近の損得を離れて・・・俯瞰すれば(少しだけ自分自身の体から魂を浮かして自分自身を見る)即、わかる事がゼンゼン解っては居ない現実!

シンプルに生きる!最近私はこの事にこだわって時を過ごす事が多くなりました。年のせいなのか?あんまり五欲が沸き上がってきません。いかん事とは思いつつ・・・若さが減退して枯れてきたのかも知れませんが?若い頃より随分粘り強さが弱くなってきたようです。

その分、人間の本来持つ不合理さも弱くなっているようです。まぁ〜早く云えば面白くない人間になりつつ有るのかも知れませんね・・・

しかしたった1つだけ・・・若い頃よりも遙かに欲深くなった事が有ります。

それは・・・

学ぶ事です。

そして深く掘り下げて クリティカル シンギング Critical thinking 絶えず自分自身の思考や行動を検証し、批判し・・・クリエイティブな思考の連鎖を導き出すこと

*****************

ちまたによくある・・・”私は真剣に一生懸命にやっている”これ以上出来ません!!!・・・と云う人が居ます。しかし、アウトプットの検証をすると結果に進歩が無い!そんな事がよくあります。

現状維持は・・・後退です。・・・これが続くと社会から間違いなく淘汰されます。そういう時代を、そういう価値感を私達は選択をしてます。(選択させられているが正解かも?)

常に進歩を求められて居る・・・生きる為に常に進歩しなければなりません。

今までの日本の国民は川の流れに沿いさしたる努力もせずに廻りと同じように土手にぶつからない程度に注意をして流れて居れば・・・それなりに生きて行けました(過去形)しかし、今、この国に流れて居る川は逆流の川です。川の流れに流されていけば、ナイガガラの滝壺です・・・行き着く先は”不幸の連鎖”又は”人間として生きる権利の剥奪”です。(モノ扱いされる人生)そうならないように誰も彼も経営者で有ろうが労働者で有ろうが知識人で有ろうが必死で川の流れに流されないように足をバタバタさせて泳がなければなりません。効率が良い力強い泳ぎ方(価値有るスキル)が求められて居ます。

同じワーク(仕事)ならどんどんその仕事にかかる時間を短縮させ熟練をして行くのが普通の事です。時間が短縮できない事は実はサボタージュと同じ事なのです。時間がかかると云う事、時間が短縮できないと云う事は・・・100%生きる努力の不足です。努力しているつもりになっているだけ・・・なんですね!!

そんな或る意味シンドイ時代を私達は生きています。否、生きていくしか選択肢が無いのです。

冒頭のタイトルにも有るとおり”人間とは実に不合理な生き物”なんです。自分の望む所に行きたいと思って違うところに行かなければならない、行き着いてしまう。そんな理不尽が今の時代です。今この日本では約7割の人々が老後に十分な備えなど無く不安で有ると云う結果が有ります。これは60才と云う年齢で何十年と培い獲得して来たスキルの価値がゼロになる?又は本当の意味の価値有るスキルなど持っていたとの錯覚から目覚めると云う事になります。この現実は私が嫌いなアングロサクソンの価値感にも及びません。

原始人の様な自給自足の世捨て人にならない限り私達に選択肢は有りません!!!!!やるしか無いのです。生きる事にオンもオフも有りません。生きている限りやるしか無いのです。

自分が能力(センス)が無いと云う自覚が有るのなら・・・能力を補うのは何回も何回もチャレンジして体で覚え込むしか無いのです。”一時が万事”と云うことわざが有るように仕事を変えたら解決するという問題では有りません、一つの事に成功しない人間は何をやっても成功などする事は有りません。

私は何時も弊社の社員に申しあげています。1人を満足させられない人が100人を満足させられることなど絶対に無い!!!

これからの時代、この不合理の深さやしんどさはドンドンきつく、きつくなっていくでしょう。生きる為のスキルの質もドンドン高度化して行きます。

自分のもてるスキルでこのスキルだけは誰にも負けないと言うスキルを持たないと生きて行けない!!!それが私達の向かう電脳社会なのです。

シンドイだけのとんでも無い不合理な社会に不合理な人間たる私達は向かっています。

学ぶとは生きる事です。スキルアップ(効率化)は呼吸をする事と同じです。如何なる人も呼吸を止めたら生きて行けません。