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秋色・・・

もう20日・・・亜熱帯地方にも秋の色が差し始めたようです。・・・

そろそろ庭の水やりからも解放されて、そしてにっくきモスキートからも解放されそうです。しかし、このモスキートは昨今、越冬するやからも居るようですから、まさに亜熱帯地方ですね?

亜熱帯地方の家創りをしないとこれからの日本の家は時の経過と共に色々な問題点が出てくる可能性が有ります。どんな問題でも原理原則が大事で家創りも”気候風土”は家創りの一丁名1番地です。しかし、何故か?今時の工業化住宅は、この気候風土をあまり考えずに力づくでねじ伏せるような家に見えてなりません。

本当に快適か?

快適の質が今と昔では違うのか?

人間の感性まで狂ったのか?

考えさせられる事が多い、そんな新技術?やトレンド住宅が多々発売されているようです。その一見魅力的なアイテムやデザインが長い、長い、長い・・・時に絶えうるか?私ははなはだ疑問を多く感じる事が有ります。

弊社でも某社員が・・・

社長、日本は60年前は全部田んぼの田の字型の田舎屋だったんだから・・・今の住宅とは全く異質の住宅になっているんだから・・・これから60年先、同じ事が起きる可能性が有るのだから・・???今から60年先を考えるのは???はたして?どうですかねぇ〜〜〜・・・

なんて意見をもらいました。

しかし、私はどのような新技術や新しい価値感が生まれようが?・・・人間と云う生き物はそんなに進歩しないし感じ方もそれほど変わらないそんな気がするのですね、基本を大切に大切に設計をすれば60年後でも十分絶えうる住宅は今から創れると真剣に思って居ます。

今でも古民家のキチンと哲学を込めて創られた建物は、その魅力を十分発揮しているし、60年前でもキチンとした設計士は田んぼの田の字の家ばかりを創っていたわけでは有りません。今時のハイテク時代でも十分機能する動線計画やプライバシーも十分確保された住宅は少数ですがキチンと残っています。昔は殆どの国民が農業を主体として生計を建てていたし、貧しいが故の相互扶助のコミュニティーも有りました、生産拠点=住居、そんな価値感から普通の家は田んぼの田の字・・・となった必然性が有ると思います。

日本人に限らず東洋人は無形の価値をあまり評価しない国民性が有ります。その意味ではかつての西欧を始めとする先進諸国には精神的に追いついていない側面も未だに有るような気がします。建築分野でも哲学をキチンと持った設計士も田んぼの田の字の時代と同様にとても少ないように思います。

人間を人間として輝かせる精神世界・・・例えば俳句、短歌、茶道、華道、香道・・・等々の禅の価値感を始めとする”哲学”的な境地が高い設計士が設計すれば・・・長い、長い年月、時に対してもその風化はかなり少なく長く、長く、長く、美しさや存在感を持つ建物が出来ると思います。

朝夕の秋風を五感で感じながら・・・この世から私の存在の無くなった遠い未来の私の真心を込めた家を想像しています。