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freedom

人類史上、現在(ここ50年)は素晴らしく”freedom”な世界です。しかし、自由の大切さが解ると云うことは不自由(拘束)されることの苦痛が理解出来て初めて解るものと思います。拘束の経験の無い若い世代に時代は移りつつ有ります。

私の人生での拘束の経験は(前科は有りません(笑))大学時代にチョットした間違いから応援団の巣くう大学の寮に入ってしまった事です。
とても苦しく、大学に勉強して居る時間以外はほぼ90%拘束されて居ました。寮の仲間では苦痛に耐えきれず夜逃げをして大学を退学するものが出るほど厳しい所でした。分刻みで生活は拘束され、朝ご飯と夕ご飯は決められた時間に全員揃って廊下で(板敷き)頂きました。もちろん食堂は有るのですが先輩専用です。始めも終わりも全員一緒でした。寮の掃除から、精神修養時間から身体鍛錬や先輩の洗濯、肩もみに至るまで厳しく決まって居ました。テレビなど見る時間はありません、一日の唯一の楽しみは、就寝時間に真っ暗中でふとんに潜り(6畳に2〜3人部屋、もちろん大学8年生の先輩は1人で3部屋使っていました(笑))FMラジオを小さな音で30分聴くことでした。外出では365日、町で先輩に行き会えば、直立不動で大きな声で最敬礼をして挨拶をしなければなりませんでした。やらないと寮に帰ってから何人もの先輩にいたぶられました。電柱につかまり一晩中セミの声でミ〜ン、ミ〜ンと鳴いていたやつも居ました。駅であれ、デパートであれ、何処でも・・・・(はずかしかったぁ〜)良く、同年寮生で、一年、奴隷、2年、丁稚、3年、使用人、4年、平民、5年、役人、6年、代官、7年、大名、8年、天皇と言ったものです。
今、思えば素晴らしい思いでばかりです。先輩の顔と名前は全て覚えています。この経験が私を鍛えてくれたと懐かしく思えてなりません・・・自由の価値を見る目を与えてくれたのかもしれません(謝)