不幸どころか、地獄へ行く道を自ら選ぶ不思議な民
激変AI時代を生き残る為の・”脳トレ”・です。”そんな事は起きない”が例外なく100%起きて来たのが日本人の歴史です。
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なぜ日本人は、ここまでエビデンスが嫌い!論理的思考が皆無!になったのか!簡単に騙されるバカに落ちぶれたのか!
私は、毎日、毎日、本当に多くのQ1、Q2の論文や信頼性の高いチェック済みのニュースや情報等々のそれなりの査読済みの文章を読んで居ますが・・・
今の選挙で政治屋どもが掲げている消費税の減税を・・”効果あり”・・と云う論説には殆どお目にかかれない。ほぼ100%と言っても良いくらいである。
著名な経済学者50人の意見調査、食品消費税ゼロ政策「経済にマイナス」として88%の経済学者が反対 財政悪化を懸念・・食品消費税ゼロは効果が有るか?の問いに対して
経済学者50人の見解は88% @「そう思わない」(46%)、A「全くそう思わない」(42%)の割合が計88%。
「日本経済にマイナス面が大きい」「物価高対策としての効果を疑問」「財政や社会保障の持続性を損なう」「円安や金利上昇を助長」
B どちらとも言えない8% C そう思う(効果が有る)4%(たったの2/50人)
・「一時減税による価格低下は限定的で、税率を元に戻す際の価格上昇の方が大きい」。
・「食料品支出額の大きい高所得層が減税からより多くの利益を得るため不公平だ」
・「消費税は社会保障を支える安定的な財源として不可欠であり、その減税に踏み込めば社会保障や財政の持続可能性に不安が生じる」
カナダ・ブリティッシュコロンビア大の笠原博幸教授(計量経済学)も「恒久財源なき5兆円規模の減税は財政規律の喪失とみなされ、さらなる国債売りと通貨安を招く恐れがある」と考える。
一橋大の森口千晶教授(比較経済史)は「政治家は短期的な自己の利益のために消費税を利用すべきではなく、むしろ国民に対して消費税の重要性を真摯に粘り強く説明すべきだ」と述べた。との事です。
しかし、日本人の圧倒的多数は・・消費税減税に大賛成である。近々将来、その”消費税減税の何倍もの負担が強制される”事が明らか過ぎるのにである。インフレ税や、増税、や保険料の増大、や医療費の増大である。
単純な1例を上げよう、現代医療にはMRI撮影は不可欠と成って居ます。日本では検査でMRIを撮ると1回当たりの患者負担は6500〜7000円程度である。しかし、アメリカでは1回当たり保険がない場合(または全額自己負担)の総額。保険を通さず「キャッシュプライス(現金払い)」で交渉する場合、施設の形態によって下記の様な劇的な差が生じます。
独立した検査センター(Outpatient Imaging Center): $400 〜 $1,500(6万2204円〜23万3265円)
総合病院(Hospital): $2,000 〜 $8,000以上(31万1020円〜124万4080円)
※アメリカではざっくりMRI撮影は1回当たり45万円前後は覚悟する必要が有ります。この映像が無いと治療のスタートラインに付けない。さらに病院で受けると「施設使用料(Facility Fee)」という謎の項目だけで数千ドル上乗せされることがあります。
・・・だからアメリカでは予防医療、医療リテラシーが急速に普及しているのです。病気になる=莫大な金が必要・・・そんなの払えない、だから病気にならないように日々努力する・・・検診等で数値が悪くなっている様な場合は、アメリカでは知者は有休をとったり、お笑い番組をガンガンみて・・・免疫力を上げる事は普通の日常となっているのですね・・・日本の商業主義医療の恐ろしさです。・・・医者は誰一人受けないバリューム検査なんていまでも日本人は普通に行って居ます。・・・恐ろしい程の・・思考停止状態ですね!
自滅民党の右傾勢力が減税して財政危機になれば・・日本の医療保険制度は、確実に持続性が無くなります。私たちが支払う「保険料」だけで成り立っているわけではありません。結論から言えば、日本の国民医療費の約4割(38%〜40%程度)に、税金(公費)が投入されています。さらに日本の医療費は国が定めて居ますが・・物価高騰で資材や人件費が上がれば、医療費査定も増大しなければ持続性が無くなります。
「皆保険制度」という美名の下、実は膨大な税金という名の「補助金」でドーピングしながら走り続けているのが、日本の医療のリアルです。当然です本来は保険ですから税金投入などしてはならないのです。
安易な減税は、既にギリギリ状態の日本では医療費も爆増する可能性も有るのです。
一番大事な事は、国家の財政が危うくなるのと比例して法律の機能がドンドン形骸化される現象が100%例外無く起き始めるのです。最後は弱肉強食の力による支配と従属関係(人類の歴史の99%の期間)と成ります。日本でもたった80年前迄は”人身売買も普通”に行われていました。今でも裏では行われている。
時代劇に出て来る親が病気になり高額医療費の為に娘が身を売るなんて話は当たり前に有るのです。
すでに日本でも裏金議員の約【衆院選予測2026】〈自民裏金候補の42%が当選有力〉との報道もあり、先の総選挙でも裏金議員首謀者5名のうち4名は当選している事実が証明しています。
しかし、日本では減税、減税の大連呼です。調査によれば、ネットで過激な投稿をしているのは、全体のごく一部だ。0.1%が8割を拡散し、1%が衝突の大半を生む。そして、それは”或る意図を持った人間”が、その行為(中国叩きや日本凄い系・某大企業賞賛記事の拡散)を0.1%人間に報酬を支払い仕事としてやらせていたと云う事実である。それでもコメント欄を眺めていると、まるでそれが「国民の総意」であるかのように錯覚してしまう。
最近、数字や事実を丁寧に並べた記事ほど、コメント欄が荒れる。逆に、根拠が曖昧で感情を煽る言葉ほど、勢いよく拡散される。「嘘は真実の6倍のスピードで拡散される」との研究結果もある。この光景に、どこか既視感を覚える人も多いのではないだろう。
とくに中国EV叩きをめぐる議論は、その象徴だ。技術や価格、産業構造を冷静に比較しようとすると、なぜか話題は「信用できない」「どうせ壊れる」「中国だから危険」へと一気に飛躍する。もはやEVの話をしているのか、国民感情の慰撫をしているのか、区別がつかない。
真実は・・あのブランドが売り、世界中の誰もが認める品質が売りの欧州のプレミアムブランド、ベンツでさえ、新発売のモデルに中国のジーリーGeely(吉利汽車)のPHEVシステムをエンジン丸ごと搭載する状態である。この事例が示す通り、日本の自動車は、日本が大得意なはずのICEを含めてあらゆる技術で中国の最先端に劣後している現実を認識しないと次なる正しい手が打てないのです。
これは偶然ではない。日本社会全体が、エビデンスよりも「気分がよくなる物語」を優先する体質に、静かに侵食されてきた結果だ。
確証バイアスという、居心地のいい毒!特にネット時代、SNS依存症の若者はエコーチャンバーやフィルターバブル(filter bubble)機能により、正しい情報に触れる可能性が極端に減るのが今のネットの特徴である。回りが自分が信じる情報しか表示されなくなるので、一層深い闇に落ちていく若者が多い。
人は誰でも、自分の信じたい情報だけを集めてしまう。これを確証バイアスという。問題は、日本ではこのバイアスが「正しさ」ではなく「安心=自己肯定感」を得る装置として機能してしまっていることだ。
中国EVが安くて性能が高い。この事実を認めると、日本の自動車産業が直面している厳しい現実とも向き合わねばならない。それは痛い。だから人は、「中国はズルをしている」「どうせそのうち破綻する」「EV墓場と云う記事での安心」という物語に逃げ込む。
エビデンス(査読された論文や専門家の評価の高い書籍)を丹念に裏取りをしながら読むより、安心できる安直な短文の物語を信じるほうが、圧倒的に楽なのだ。
声が大きい少数が「世論」に化ける国
冒頭で述べたように、研究によれば、ネットで過激な投稿をしているのは、全体のごく一部だ。0.1%が8割を拡散し、1%が衝突の大半を生む。それでもコメント欄を眺めていると、まるでそれが「国民の総意」であるかのように錯覚してしまう。
これは、歪んだ鏡の前に立たされている状態に近い。自分の姿が大きく映るほど、「これが普通だ」と思い込んでしまう。日本人は、空気を読むことに長けている。だが今は、歪んだ空気まで律儀に読んでしまう。
問題先送りが「文化」になるとき
本来、技術や市場の競争は、冷静な比較と改善の連続で進むものだ。しかし日本では、不都合な現実を直視するよりも、「悪者」を設定して溜飲を下げるほうが選ばれてきた。
EVで遅れている?→ 中国が悪い
価格競争で負けている?→ 不正があるに違いない
こうして問題は外に押し出され、内部改革は後回しになる。気づけばそれが「いつものやり方」になり、違和感すら覚えなくなる。これが悪慣れだ。
優しさと厳しさの、ちょうど真ん中で
ここまで書くと、日本人を責めているように聞こえるかもしれない。だが、これは誰かを断罪する話ではない。私たちは長い間、「波風を立てないこと」「皆と同じでいること」を美徳として生きてきた。その結果、エビデンスより空気を信じる社会が出来上がった。それだけの話だ。
ただ、このままでは危険だ。感情で現実を否定しても、世界は待ってくれない。市場は、情緒ではなく結果で判断する。
問われているのは、勇気の種類、中国EVを称賛する必要はない。日本車を貶める必要もない。必要なのは、事実を事実として受け取る勇気だ。
耳に痛いデータを見る勇気。自分の信念を一度疑う勇気。そして、感情と判断を切り分ける勇気。
それができなければ、日本はまた問題を先送りし、「なぜ負けたのか分からないまま」時代に劣後していく。
静かに、しかし確実に。この私の論説が、歪んだ鏡から一歩離れるきっかけになれば、それ以上の願いはない。