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日本の診断:50年病・村社会・縦社会!!泥舟は静かに沈んでいく

日本の診断:50年病・村社会・縦社会!!泥舟は静かに沈んでいく:世界で日本だけの「タテ社会の檻」と心地よい思考停止

59年前、中根千枝氏が名著『タテ社会の人間関係』で、日本社会の「場の論理」や「ウチ・ソト」の構造を解き明かしてから半世紀以上が経過しました。日本人は論理よりも感情を、善悪よりも「ウチ」の人間関係を優先する―時には所属村を守るために多くの人を犠牲にして脱法行為も正当化する―。

昭和の高度経済成長期、私たちはこの強固な「タテの絆」によって奇跡的な復興を遂げたはずでした。しかし、令和の今、その絆はいつの間にか私たちを縛り付ける「思考停止の鎖」へと変貌してしまったようです。

「理性のシステム」へと舵を切る隣国、停滞する日本
最近、隣国の中国では公務員の会食が「原則ノンアルコール」になったといいます。かつての豪快な接待のイメージは消え、彼らは「酒は癒着を生み、汚職につながる。ならば最初から飲むな」と、制度によって理性を強制的に縛り上げました。さらに部下が上司を査定する多面評価まで導入し、国家という巨大なマシーンを機能させるために、なりふり構わぬアップデートを繰り返しています。

翻って、我が国はどうでしょうか。私たちは今もなお、性善説という名の「なあなあ主義」の布団にくるまり、心地よい夢を見続けています。不祥事が起きれば「誠に遺憾」と頭を下げ、喉元過ぎれば熱さを忘れ、また次の不祥事まで同じ仕組みを使い続ける。直近では東京大学の皮膚科のトップ教授が業者に賄賂を要求して、その賄賂要求に悲鳴を上げた業者が告発したなんて事件も起きて居ます。

霞が関の接待問題から、直近では東京大学のトップ教授による不適切な要求や収賄疑惑まで、日本の知性を支えるはずの場所で論理や倫理性、社会性が欠落している様は、まさに氷山の一角と言えるでしょう。

24万人のために従来タクシー使用者 5,000万人(最大1億2千万人以上)を不便やコスト増で犠牲にする「村社会」の論理

この不合理が最も顕著に表れている1例が、ライドシェア解禁を巡る議論です。世界では移動の利便性を高める一大産業となっているライドシェアですが、日本だけは「タクシー村(全人口のわずか0.19%)」を守るために、その価値を骨抜きにする規制を敷いています。

令和5年度(2023年度)のデータによれば、全国のタクシー輸送人員は約9億9,400万人。2026年時点で、年間1度以上タクシーを利用する人は5,000万〜6,000万人(人口の約40〜50%)にのぼります。
わずか24万人の業界を守るために、のべ10億人近い利用者に対し、高くて不便な現状を強要する政治。そして、それを「仕方ない」と受け入れてしまう不思議な国民性。不思議すぎませんか!日本人って!

同様の不合理は、令和の米騒動や老朽化した原発の再稼働問題にも共通しています。こんな村組織だらけの日本!村組織しか無い恐ろし過ぎる日本の現実があります。古くて危険で非効率な「村々」の既得権益には手を付けず、言葉はカイゼン、カイゼンと連呼するが、中身のカイゼンを拒む。この「問題先送りの伝統芸」こそが、現代日本を支える最強の「場の論理」なのかもしれません。

「家が燃えているのに暖房代が浮いた」と喜ぶ政治の悲劇
政治の世界を見れば、その悲劇はさらに際立ちます。「高市政権になれば円が紙クズになる」と国際投資家が警鐘を鳴らそうがお構いなし。円安で国民の実質的な購買力が4割も削り取られているのに、政府は外為特会の含み益という「通帳の数字」を見て悦に浸っている。これは、自宅が燃えている最中に「暖房代が浮いてラッキー」と喜んでいるようなものです。

消費税減税は物価高対策には全くならないと云う専門家の警告しか存在していません。新聞には毎日の様にこの様な、明らか過ぎる政治の間違いの警告記事が連日乗って居ますが・・政治屋も国民も・・全く無反省です。

なぜ、これほどまでの矛盾がまかり通るのか。それは、私たちが「契約」ではなく「資格」や「序列」でつながるタテ社会の住人だからです。

「ウチ」のリーダーが右と言えば、たとえ先が崖であっても整列して歩調を合わせる。異を唱えて「ソト」へ放り出されることを何よりも恐れる。世界が「嫌いな相手とも経済でつながる大人のリアリズム」に移行する中、日本だけが「価値観が合う・合わない」という中学生の部活動のような感情論で外交の舵を切ろうとしています。

「縦割り行政」という50年越しの不治の病
「縦割り行政の打破」という言葉が叫ばれ始めてから、すでに半世紀以上が過ぎました。1970年代に行政改革が論じられ、2001年には省庁再編という「大手術」を行ったにもかかわらず、未だに政府は同じスローガンを掲げています。
50年以上も同じ病を「治療中」と称して放置し続けるのは、もはや喜劇です。

農水省は農業だけを見る・・・国民は世界平均の3倍の価格の米を生活が苦しいと叫びながら食い続ける

厚労省は労働と医療を抱え込む・・・大昔の医療がそのまま継続中

経産省は産業を死守する・・・守る産業は時代価値が全く無くなった産業が中心

防災や子育て、エネルギーといった複合的な課題に対し、「それはウチの管轄ではない」と平然と言い放つ役所文化。火事場で「消火、避難、医療」の指示がバラバラに出るようなもので、国民にとっては命がけの冗談でしかありません。

それを監督すべき政治家も、結局は既得権益を守る官僚機構と妥協し、選挙向けのスローガンを繰り返すだけ。裏では票田や業界団体に気を使い、何ひとつ実行できない。まさに「口先だけの改革屋」であり、愚かさの極みです。

私たちの「諦め」という名の国民病
しかし、本当の問題は、この状況を半世紀にわたって許容し続けてきた私たち国民の側にあります。その国民を作り上げた日本の教育者と真実を全く伝えないメディアの責任はとてつもなく重い!!!選挙のたびに「改革」を唱える政治家に票を投じ、何も変わらなくても怒りは一瞬で冷めてしまう。「どうせ変わらない」「仕方が無い」という諦めこそが、日本人が抱える深刻なメンタリティーの病です。

法律を作り社会を良くする政治家選びなど・・殆どがカルト教団とズブズブで裏金等々の脱法議員しか選ばれない!!!

もしこれが民間企業であれば、とっくに倒産しているでしょう。50年間以上赤字を垂れ流し50年間同じ問題を解決できず、「来年こそは」と言い続ける経営陣を株主が許すはずがありません。しかし日本は、その経営陣を何度も選び直し、同じ口約束に期待し続ける。「惰性の民主主義」がここにはあります。

AIや自動運転、激変する国際情勢。世界がハイスピードで変化する中で、日本だけが半世紀前と同じ「縦割り」の壁に足を取られている。これでは新しい時代の荒波に溺れるのも当然です。

シャットダウンのXデーに備えて
このままでは、次の50年も「縦割り打破」をスローガンに掲げ、シャットダウンの破綻後も「縦割り100年病」と呼ばれているかもしれません。その時も国民は飢えに苦しみながら犯罪に遭いながら「まあ仕方ない」と笑っていられるでしょうか。

老朽化したパソコンがいきなりシャットダウンするように、日本という国、そして日本人のシステムがいきなり停止する可能性は極めて高いと言わざるを得ません。悪に慣れ、不合理を許容する「静かなる自殺」を止める術を、私たちは持っているのでしょうか。それとも、すべてが灰になるまで「ウチ」の居心地の良さに溺れ続けるのでしょうか。

鏡に映る自分自身に問いかける時間は、もうほとんど残されていません。
99.99%確実に到来するその「Xデー」に、あなたはどう立ち向かいますか?

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上記ブログの要約を動画にしてみました・・貴方にも是非見てもらいたいと思います。この動画は、限定公開と成って居ますが・・貴方が判断して、世の常識に洗脳されていない、確証バイアスに陥って居ない知的な人には教えて上げてくださいね!

以下そのサイトです。

https://youtu.be/cKUmIcOWXsE