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同じ事をするならシンプルな程良い!原理原則

「BEVオワタ」と笑っているうちに、足元の地面が抜けていく国の話

「BEVオワタ」「BEVまっしぐらは世界で失敗」「結局、日本の勝ちだった」。こうした言葉が、どこか安心感をもって消費されている。胸をなで下ろしながら、「ほら見ろ、慌てる必要はなかった」と言いたくなる気持ちも、正直よくわかる。

だが、この言説には、致命的な欠陥がある。それは時代の主語を見誤っているという点だ。

いま世界で起きているのは、「BEVかICEか」という技術論争ではない。Q1〜Q2の査読論文や産業研究で繰り返し確認されているのは、自動車がAIとソフトウェアによって“更新され続ける社会インフラ”へと変質したという事実である。電動化はその一部でしかないがAIと最も相性が良いのが構造がドシンプルなBEVで有る事は論を待たない!。

ところが日本では、この変化を「EV政策の失敗」や「欧州の迷走」といった、分かりやすくて安心できる物語に回収してしまう。問題は、笑っている間にも世界の競争軸が静かになおかつ急激に移動していることだ。

欧州が2035年ICE禁止を「緩和」したことを、勝利の証のように語る論調がある。だが中身を詳細に冷静に見れば、これは撤回ではなく、現実への微調整に過ぎない。ICE温存やHV賞賛派には、実は実利は待ったく無い事が判る。環境制約と産業競争の間で、運用条件を微調整しているだけだ。

欧州が2035年ICE禁止を「緩和」を一言で云えば・「富裕層の趣味で超高額なICE車でも良い人はCO2を出さない燃料(高額)を使う条件付きで許可」99.9999%の平民には全く関係の無い「緩和」である。

一方で、CES2026が示したのはまったく別の現実だった。そこでは、EVも自動運転も、もはや主役ではない。AI、クラウド、OTA、安全検証、責任分界——「どう回し続けるか」という構造こそが議論の中心にあった。

エヌビディアは車を作らない。AWSも車を売らない。だが彼らは、自動車産業が止まらずに回るための「裏側のOS」を握りに来ている。これは比喩ではない。Q1論文でも、SDV開発におけるクラウド基盤・合成データ・継続的検証の重要性は、すでに統計的にも実証段階に入っている。

それでも日本では、「中古EVの下取り価格が不安」「普及率が低い」「補助金頼みは健全でない」といった話題が、議論の中心を占める。もちろん、それらは事実だ。だが、それは論点ではあっても、主語ではない。

本当の問いはこうだ。「この国は、更新され続けるAI社会を引き受ける覚悟があるのか」。日本がいま避けているのは、混乱ではない。責任である。

AIが判断し、ソフトが更新され、事故が起きたとき、誰が説明し、誰が止め、誰が直すのか。その構造設計を、私たちは後回しにしてきた。問題が起きたら会議を開き、検討を始め、前例を探し、結論を先送りする。この「悪慣れ」は、平時には穏やかで、非常時には致命的だ。

中国は一点集中で突き進み、欧州は混乱しながらも設計をやり直し、アメリカはOSを押さえに来ている。その横で日本は、「日本は混乱していない」という事実に安堵している。だがそれは、嵐の中でエンジンを切った船が、まだ揺れていないだけの状態かもしれない。

「BEVオワタ」と笑うのは簡単だ。だが、笑っている間に、世界は次の前提条件を書き換えている。クルマが価値を失い、人を乗せて移動する知能ロボットの時代にICE車やHV等の複雑な機構があらゆる面で勝る事は有り得ない事、日本人の多くはAIと環境の時代に背を向け、問題を先送りし、悪に慣れ、悪を許容する社会は、静かに競争から外れていく。

これは悲観論ではない。むしろ、いまならまだ間に合うという話だ。だがそのためには、「日本は正しかった」という物語を、一度手放す必要がある。

変化は、いつも派手にやって来るとは限らない。本当に危険なのは、何も起きていないように見える時間が、いちばん長いことなのだから。そして劇変はいきなり到来する!

貴方はその時に・・対応する準備を始めていますか?