時代は凄い勢いで別フェーズに移行中・・日本だけステイ
環境時代にバックミラーしか見ていない国で、私たちはどこへ向かうのか!逆噴射が平気な人々の国!
日本と同様の工業国!ドイツという国は、ときに冷酷なほど現実主義だ。プライドはあるが、未来の前ではそれを脇に置く。その象徴が、いま起きているドイツの自動車産業の変化である。
BMWやメルセデス・ベンツといった、内燃機関の歴史そのもののような企業が、中国の最新テクノロジーを学び、取り込み、そして誇りもなく「使う」。そこに感情論はない。「環境時代に勝つために合理的かどうか」、ただそれだけだ。
BMWの「ノイエ・クラッセ」は、その到達点の一つだろう。BMWによれば、欧州のエネルギーミックスで充電した場合、『iX3 50 xドライブ』のCO2換算排出量はわずか1万3360マイル(約2万1500km)の走行で同等の内燃機関車を下回るという。再生可能エネルギー由来の電力のみを使用した場合、その距離は1万875マイル(約1万7500km)になる!BEVの寿命の9割以上はICE車と比してCo2削減が可能で環境アドバンテージが有るとの事である。
パフォーマンスの追求は素材選びにも及ぶ。BMW Mは今回のノイエ・クラッセで、ブランド史上初めて「天然繊維」を使用したパーツを導入する、カーボンファイバーに近い特性を持ちながら、製造時のCO2排出量を約40%削減できるという画期的な素材だ。軽量化は電費削減は勿論の事、ハイパフォーマンスカーの命題であるが、それをサステナビリティと高い次元で両立させようとする姿勢は、新時代のプレミアムブランドにふさわしい。
さらにハード技術でも4モーター独立制御、統合制御用の“スーパーブレイン”、車体構造を兼ねる高電圧バッテリー、天然繊維による軽量化とCO₂削減。どれもが「走り」と「環境」を二者択一にしないための、執念の塊である。
ここで重要なのは、BMWが「EVだから仕方ない」と言っていない点だ。むしろ逆で、「EVだからこそ、内燃機関では不可能だった領域に踏み込める」と、はっきり宣言している。伝統とは、守るものではなく、更新し続けるものだとでも言うように。
同様にスポーツカーの雄のポルシェでさえ、既に販売総台数の製品の内35%以上はEVである。そしてドンドン環境性能を追求している。
同様に隣国の韓国でもBEV車の技術革新は凄い勢いで進んでいる、BMWと同様にAIビークルの4輪が、それぞれ最適に動く技術革新が目白押しである。すでにAIビークルは360度全ての方向に、そのまま車輪制御をして真横にも斜めにも後ろにも、自由に移動可能だし、バックすると云う概念も無くなって居る。
一方、海を隔てた日本では、少し不思議な時間の流れ方をしている。2027年発売予定の、新開発・大排気量V8ガソリンエンジン車。全く環境時代に背を向けて、環境に最悪の商品を出す!時代に価値ある技術的進歩の全く無いこのニュースを聞いたとき、普通の知的レベル以上の多くの人(日本人では極少かもね?)がこう思ったのではないだろうか。
「……今、それを?」
環境規制が強化され、都市部ではEV前提のインフラが整い、世界の自動車メーカーが“走るスマートデバイス”へ舵を切るなかで、日本は堂々とバックミラーを見つめてアクセルを踏み込んでいる。まるで「昔は良かった」という言葉に、燃料を注ぎ込んでいるかのようだ。
もちろん、V8エンジンそのものが悪いわけではない。音も、振動も、感情を揺さぶる文化である。だが問題は、「それを今、新たに開発する合理性がどこにあるのか」という問いから、日本社会全体が目をそらしていることだ。
日本社会には、便利な魔法の言葉がある。「いずれ対応する」「日本の技術はすごい」「多様な選択肢が大切」。どれも間違ってはいない。だが、それらは往々にして“決断しないための言い訳”として使われる。
問題は先送りされ、先送りが常態化し、やがて「まあ仕方ないよね」という悪慣れに変わる。気づけば、危険は日常風景に溶け込み、誰も警報を鳴らさなくなる。
ドイツ企業が中国から学ぶ姿勢を見せる一方で、日本では「学ぶ」という言葉そのものが、どこか敗北宣言のように扱われる。しかし本当の敗北とは、学ばないことではないだろうか。
EV化、AI化、SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)。これらは単なる技術トレンドではなく、社会構造そのものの再設計を意味している。それに向き合わず、「クルマはクルマ屋が作るものだ」と唱え続ける姿は、どこか“手書き帳簿に誇りを持つ時代”を思い出させる。
ブラックジョークを一つ言うなら、日本は「環境に優しいと言いながら、環境から一番目を逸らす才能」に長けている国なのかもしれない。形式は守るが、本質は避ける。議論はするが、決断はしない。
BMWの4モーター制御は、単なるスペック競争ではない。「未来に間に合わせるために、今すべてを作り替える」という覚悟の表明だ。それに比べ、日本のV8新開発は、「まだ間に合うと思いたい」という希望的観測の産物に見えてしまう。
このまま問題先送りが続けば、日本は“選ばれない国”になる。技術がないからではない。真面目さが足りないからでもない。ただ、「変わる勇気」を社会全体で失っているからだ。
未来は、静かにやってくる。警告音もなく、気づいたときには、もう追いつけない距離にいる。そのとき初めて、「あのとき決断していれば」と言うのだろう。
だがその言葉は、いつも少し遅い。
だから今こそ、自虐を込めて言いたい。この国は努力しないアホーには優しい。努力するモノにはとても冷たい!!だが、アホーへの優しさだけでは未来は守れない。悪に慣れ、問題を許容し続ける社会は、静かに、しかし確実に、危険な場所へ向かっていて、突然死を迎える。
オールドエコノミー企業の代表格のBMWが未来を学びに行ったように、私たちもそろそろ、過去から目を離す勇気を持つ時ではないだろうか。
貴方は、どう思いますか?