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「日本の若者のド劣化=日本の時代遅れの継続」

日本の凋落の原因は @自滅民党の極悪政治と A変化を嫌う日本の大企業経営者の我欲の2つが主因である事は間違いない。

しかし、@とAを許す日本人にしてしまった日本の教育とメディアの悪質度放置の問題が、根底にはある。特に、「日本の若者のド劣化=時代対応が出来ない原因の最大のモノ」だろう。歴史的には例外なく若者のパッションが世の中を進化・変化させて来た!それが世界で日本ダケ、機能不全を起こしている。

そんな日本の若者のド劣化を象徴する1つの事例について最近読んだ著書の中より以下の様に考えて見よう。

早稲田大学名誉教授・浅川基男氏の著書『日本のものづくりはもう勝てないのか!? "技術大国"としての歴史と将来への展望』の内容を元に日本と中国の差を分析してみよう。

著者は講演で台湾の若手技術者たちと向き合ったとき、驚いたという。1.5時間の講義後、年長の付き合いの有る幹部や40〜50代の管理層ではなく20〜30代の若手が3時間も質問攻めにしてきた。しかも内容は理論から現場の品質改善まで深く踏み込んでいる。

これは社会学で言うところの“探究的質問文化(inquiry culture)”であり、知識に対して能動的に向き合う姿勢だ。国際教育研究でも、探究文化は技術革新の速度を大きく左右することが繰り返し指摘されている(OECD 2023, Q1)。

一方、日本の若手は上司が同席すると沈黙し、質問は曖昧で、講演者への忖度が混じる。組織心理学の研究では、これは典型的な“ハイコンテクスト文化による集団抑制”(Hall 1976)であり、若手の発言を萎縮させイノベーションを阻害する要因として知られる。講演の場からして、すでに「日中の未来の差」は始まっているのだ。

上海では、アルミ加工企業の若い後継者が、流暢な英語で将来の夢を語り、IT分野にも挑戦したいと目を輝かせた。中国にはこのような若者が日本の13倍いる──と著者は背筋が凍ったという。人口だけではない。社会移動の期待値の高さは挑戦意欲を刺激することが多くの経済学研究で示されている(Chetty et al., Q1)。挑戦すれば報われると信じられる社会は強い。

では日本はどうか。「若者に夢を尋ねても、まともな答えは返ってこない」。これは日本の若者が怠けているからではない。心理学では、将来不安が強くなると目標設定能力が低下し、“夢”を語れなくなると報告されている(Seligman 2011, Q1)。つまり、夢がないのではなく、夢を持つ余裕を奪われているのだ。

現地で痛感…中国と日本の「恐ろしい差」清華大学では授業開始より遥かに早い朝7時に席が埋まり、深夜まで議論が続く。同様に中国の清華大学に留学したある日本人は、「朝の7時には図書館の席は座れないほど埋まり、食事中でも世の中の課題について熱心に議論している。国際競争というのは、こんな人達が相手なんだ!」と驚きの感想を述べている。

勉強しすぎて健康を害する学生が出たため「日曜閉館」を決めた図書館さえある。対して日本の大学図書館は17時に静まり返り、資料室は“人影を探すゲーム”が始まる。教育社会学では、この差を“学習文化の制度的厚み(institutional thickness)”と呼び、国の競争力を決める中核指標と位置付けている(Scott 2001)。

ではなぜ日本は学習意欲が希薄になったのか。原因ははっきりしている。「問題を先送りにする政治」と「悪慣れしてしまった国民」の組み合わせである。

政治学のQ1論文では、政治家の自己保身が続く社会は制度改革が停滞し続け、それが“国民の無力感”を強化していく悪循環を生む(Alesina & Tabellini 2007)。国民が声を上げず、政治は改革せず、さらに状況が悪化する。まさに現在の日本そのものだ。

しかしもっと深刻なのは、国民側がその停滞に適応してしまったことである。制度の無駄、行政の非効率、年金や財政の危機──すべてを「どうせ変わらない」と受け流す。これは心理学で“学習性無力感”と呼ばれ、長期停滞社会の典型症状である(Seligman 1975)。

対照的に中国は、政治の問題は無数にあるものの、国家としての方向性を強制的にでも設定し、若者に「努力すれば上に行ける」という物語を与えている。権威主義の危険性は論をまたないが、競争と努力の文化的厚みは確実に蓄積されている。

この差は、やがて取り返しのつかない構造差となる。教育投資、研究速度、技術開発、都市の生産性、社会活力……すべてが「思考する人間の数」に比例する。Q1の経済学研究でも、若者の学習時間の差が20年後の国家競争力の差を直結的に説明すると報告されている(Hanushek & Woessmann 2015)。

痛いが真実だ。中国は“急加速する学習国家”。日本は“目の前の小欲に囚われ問題先送りが国民性になりつつある国家”。

このまま悪慣れを続ければ、日本は静かに衰退し、“ゆっくり沈む国”の座を確実にしてしまうだろう。悲劇なのは、今の所借金が出来て沈むスピードを遅く偽装出来、危機を危機と感じないことだ。もうその借金も限界点に近い!

しかし、まだ間に合うと日本人は確証バイアスに浸かったママが恐ろしい。必要なの気づきであり公憤である。「悪慣れが貴方の未来を奪う」という事実を、まず受け止めることだ。

そして、どう被害を最小限に負ける事が出来るかと云う・・賢い負けの仕方を学び、実行する事しかない。

悲しいが事実であり、現実である!真実とは苦しく腹が立つものである。

変わるのは政治より先に、いつだって市民だ。静かに目を覚ますところからしか、国の再生は始まらない。