氷山の一角(見える所)しか見ない日本人!
悪慣れの臨界点 ― 環境意識が最低の国、日本・・・もう殺人者レベルかも知れない。
「温暖化など大嘘だ!!」と国連で宣言するアホトラ氏を日本の右翼おばさんはノーベル平和賞に推薦するとか!
地球は、いま静かに沸騰している。そして今の今でも沸騰化は過酷な自然災害で人を大量に殺しまくって居る。その愚かな沸騰化を大加速する人間が・・ノーベル平和賞?・・頭完全にイカレている。
サンゴ礁が白く焼け、サンゴ礁の驚くべきエコシステムが破壊される。 地球上の海底のわずか1%のサンゴ礁面積に、すべての海洋生物の約25%が生きているのですから。 また重要な食糧源であるとともに、沿岸環境にも影響を与え、波及して陸上動物にも甚大な影響を与えます。
さらに永久凍土からメタンが噴き出し、北極の氷が静かに崩れていく。科学者たちはそれを「ティッピング・ポイント(不可逆の転換点)」と呼ぶ。氷が0℃で水に変わるように、地球もある境界を越えると元に戻れない。だが──日本社会もまた、別の意味で“臨界点”を越えかけているのではないだろうか。
A 地球の沸騰、そして日本の無関心
グリーンランドの氷床が溶け続ける。アマゾンの森が乾き、酸素を出すどころかCO₂を吐き出す。海底に眠るメタンハイドレートは、氷のような顔で「時限爆弾」を隠している。気温があと2℃上がるだけで、それが一気に気化し、CO₂の25倍以上の温室効果で地球を焼き尽くす。その爆弾の導火線に、私たちは黙って火をつけしまっている。もうその導火線は消す事は不可能!
それでも日本では「電気代が上がるから再エネは困る」「原発はイヤだが電気は欲しい」「ガソリン安くしろ」という会話が日常だ。気温41℃の夏日に「冷房なしでは熱中症」と言いながら、車のエンジンはアイドリング中。環境問題は“話題”ではあっても、“行動”ではない。つまり、日本の環境意識はすでに“ぬるま湯の中で煮られるカエル”の段階で火加減はドンドン加速して強火に増しつつある。
B 悪慣れという名の国民性
問題は「悪慣れ」である。裏金にも、汚職にも、増税にも、環境破壊にも、私たちは「まあ仕方ない」と慣れてしまった。役所がムダを出しても、「そんなもんだろう」と受け流す。企業が石炭を燃やしても、「電気止まるよりマシだ」と許す。この“我慢と諦めの美徳”が、もはや国民病になっている。
だが、地球のシステムには“我慢”は通用しない。温度が1.5℃上昇を超えれば、サンゴは死に、2℃を超えればメタンが噴き、3℃で農業が壊れる。シベリアの凍土ではガス噴出クレーターが開き、未知のウイルスが蘇る。人類が「努力目標」などと悠長に議論しているうちに、自然界は“黙って結果を出してくる”のだ。
C ホタテ98%死滅の現実と広島のカキの大量死⇒地球沸騰化⇒海水温上昇⇒大量死
2025年9月、陸奥湾のホタテ養殖でへい死率98%。203枚のうち生き残ったのはわずか4枚。突然の異変だった。人間の目には見えないが、海はすでに“限界を越えた”と警告している。日本の漁師が海を見つめながら「こんなこと初めてだ」とつぶやくとき、それは地球の声でもある。
カキの生産量全国1位を誇る広島県で、養殖されているカキが大量死、鈴木農林水産大臣が現地を視察の養殖業者から「水揚げした8〜9割が死んでいる」との報告もあり。
D 地球と日本、二つのティッピング・ポイント
ティッピング・ポイントとは、坂道を転がり始めた後にもう止まらない瞬間。地球にとっては温暖化をとうに過ぎ沸騰化。日本にとっては「問題先送り」である。世界ダントツ1位の2位に二倍も差を付けて居る借金は増え続け、人口は減り、政治は腐敗化し、高齢化し、誰も責任を取らない。この国もまた、すでに“社会的ティッピング・ポイント”を越えたのかもしれない。
戦後の復興から80年。私たちは「変化を恐れ、痛みを避け、悪に慣れる」ことで平和を保ってきた。だが、慣れは麻痺を生み、麻痺は崩壊を呼ぶ。地球の氷が融けるように、日本の理性もまた、静かに融けている。
E 残された最後の10年
科学者は「今後10年が勝負」と言う。温暖化を止められるかどうか、再生可能エネルギーを主力にできるかどうか。だが政治家たちは10年後を見ない。「金ダケ、今だけ、自分ダケ」で自分の任期までしか関心がない。企業は「カーボンニュートラル」を掲げながら、裏では火力を増設。国民は「エコバック」を提げながら、Co2爆増の大型SUVを買う。
──みんなが少しずつ“正しいことのフリ”をしている。
すでに希望は無い、有るとすれば絶滅迄の時間稼ぎしかない。「変化する環境のスピードを少しでもスローにし、人類が適応する時間を稼ぐ」こと。その唯一の方法は、私たち自身が強烈な痛みを受け入れて“変わること”だ。いきなり絶滅するよりマシだ!悪慣れを断ち切り、先送りをやめ、「今ここで」行動すること。
アホトラもプーチンも習近平も、あと10年もすれば消える。だが、地球はその後も生きる。そして子どもたちも、本来なら生きる事が出来るのに、直ぐにアホトラ、アホプー、やシューの後を追う事になる。
問題は、私たちの方がテッピングポイント越えで突然起きる「もうすぐ消える側」になっているということだ。その自覚がないまま、未来を汚して去るのは──いちばん安っぽい“悪慣れ”ではないだろうか。