シュンペーターとクレイトン・クリステンセンからのメッセージ
イノベーションって、食わず嫌い?「日本人は新しいものが苦手だ」と言われます。イノベーションと聞いただけで、顔をしかめ、「いや〜、うちはずっとこのやり方なんで…」とお茶を濁す。まるで親戚の集まりで出された、得体の知れない海外のお菓子みたいな反応です。口に入れたら意外とおいしいかもしれないのに、見た目で「ムリ」と決めつける。そんな国民性、どこか愛おしいですが、このままでいいのでしょうか?
イノベーションってそもそも何?経済学の大スター、ジョセフ・シュンペーターさんによると、イノベーションとは「新しい組み合わせ(New Combination)」で経済に変革をもたらすことだそうです。
たとえば──
@新しい製品をつくる
A画期的な作り方を考える
Bこれまでなかった市場を開く
C新しい材料を見つけて使う
D組織のカタチそのものを変える(例:独占に風穴を開ける)
要するに、「今までと違うやり方で、未来を切り拓く」ってことですね。なんだ、カッコいいじゃないですか。
でも日本ってそういうの苦手じゃない?はい、その通り。とくにE〜Gが大の苦手です。
E企業家が出てこない
Fその人たちを応援する投資家や行政がいない
G変化を歓迎するお客さんも少ない
え?三重苦?なんということでしょう。まるで演歌のような苦しみの重ねがけ。シュンペーター先生が天国で肩を落としそうです。
昭和の日本はキラキラしてた、でもかつての日本は、イノベーションに燃えていました。戦後の焼け野原から立ち上がり、1953年から20年間、年平均9%の驚異的な経済成長を遂げたのです。まさに高度経済成長。イノベーション界の「甲子園優勝校」でした。まる焼けで何にも無かったから・・考える・・しか無かったのですね!
その背景には、シュンペーターの理論がありました。企業家が「これだ!」と新しいことに挑戦し、それを支える銀行や行政がいて、社会全体が「どんどんやれ!」と後押しする。いわば三位一体のイノベーション祭りだったわけです。
でもバブル崩壊後、急に静かに…ところが1990年代に入ると、日本はおかしな方向に舵を切ります。このころは戦後の創業者から2代目のボンボン族へ移行しました。「構造改革」という名前のもと、企業家の活躍の場を狭め、銀行のリスクテイクを抑え、「変化?うーん、様子見で」と言う空気が漂い始めました。
「創造的破壊」とは、古い仕組みを壊して新しい仕組みを生むことですが、日本は前半の「破壊」ばかり頑張って、後半の「創造」をすっかり忘れてしまったのです。まるで片方だけ履いた靴で走ろうとして転ぶ、そんな感じ。
「ガラパゴス日本」という不名誉な称号、今の日本はどうかというと、オールドエコノミーの古い村社会を温存したまま、変化を先送りしています。気づけば、世界がスマートフォンで決済し、自動運転をテストし、宇宙旅行を楽しもうとしている時代に、「FAXで注文書ください」と言ってるのです。そりゃガラパゴスって呼ばれますよね。
でも希望はある!……はず!それでも、かすかですがイノベーションの火は完全に消えてはいません。若い起業家がAIや宇宙、気候テックに挑んでいます。クラウドファンディングで資金を集め、SNSで共感を呼び、ちょっとした村おこしが全国で起きている。そう、「小さなシュンペーターたち」が日本のあちこちに芽吹いているのです。
必要なのは、@〜Dのイノベーションに挑む人を増やすこと。そしてE〜Gの条件──挑戦者を応援する社会、資金、顧客の存在を整えることなのですが・・日本人は多くの新芽を踏み潰す事を平気でやるような悲しき人々に変質してしまった様ですね!。私もゼロスタートの創業者の1人として何度も、何度も踏み潰された経験が有ります。ふー・・今思い出しても・・涙が溢れてきます。
最後に、シュンペーターからのメッセージ
彼は言いました。
「船が沈みつつあるという報告は、それを受け取る者次第で意味が変わる。立ち向かう人間には未来がある」
つまり、「沈むぞ!」と聞いて、日本丸が沈むハズが無いと確証バイアスでまだ大丈夫!と無視するか!又はオロオロするか、「よし、日本丸を修理し船を作り直そう」「日本丸の沈没が確実なら脱出船を作ろう」と動くかはあなた次第。今の日本は、たしかにちょっと沈みかけているかもしれません。でも、それをチャンスと捉えるか、ただ見ているかで未来は大きく変わるのです。
さあ、「変わるのが怖い」という気持ちは、全員同じ!、勇気を持てるか否かが未来を決めます。まず一歩踏み出してみませんか?失敗したって大丈夫。シュンペーター先生も、たぶん見ててくれますよ。
参考図書:「イノベーションのジレンマ」 クレイトン・クリステンセン(著)
24年前(2001年)発売の書籍ですが・・今の日本がそのまま書かれています。当時の日本の未来予言書ですね!