有料の広告紙⇒まさに”環境の敵”化した日本のマスゴミ
本日の日本経済新聞の記事は全く読むに値する記事はゼロでした。有料の広告紙を・・それでもサクッと読みました。
そしてメディアは、私たちを「思考停止」へと導いた!日本のテレビの劣化度はもう、全く見るに値しないレベル迄低下しています。こんなの見続けたら確実に「バカ」の出来上がりです。
かつて、テレビは「茶の間の王様」でした。情報も娯楽も、家庭の中心に鎮座し、日本人の価値観や世論を育てる力を持っていたのです。でも今や、「ただの電気を食う家具」と言われても反論できません。理由は単純で、テレビが“見る価値”を失ったからです。
なぜテレビはオワコンになったのか?
人工知能に聞いたら、実に冷静にこう答えました。
「テレビは権力に忖度し、真実を伝えず、バカに合わせた番組ばかり作るようになったからです」
……ごもっとも。
テレビは本来、「権力の番犬」ではなく「監視犬」であるべきです。しかし、最近の報道番組はどうでしょう。まるで政府広報のような構成。政治家の失言は小さく、重大な不正はサラッとガス抜きのみで本質はスルー。芸能人の不倫のほうが「国民的関心事」として長時間放送される現実。これでは、社会の浄化作用や免疫力がどんどん落ちていくのも当然です。
「伝えない自由」──この言葉、妙に日本のテレビにはしっくりきます。放送しないことで「問題そのものが存在しないかのように」見せかける。これぞ現代の“静かな洗脳”。
しかもテレビは今、「視聴率」という数字の奴隷になっています。数字を取るためなら、社会課題より心霊特番。政治経済より芸能スキャンダル。内容が薄くても、“ウケればOK”の大衆迎合主義が蔓延しています。まさに「バカに合わせるバカ番組づくり」です。
気づけば視聴者も「考えなくて済む情報」にどっぷり。複雑な問題に向き合う力を失い、社会全体が“思考停止”の沼に沈んでいきます。どこかで聞いたような話ですね。ああ、そうだ──かつての日本が、戦争に向かう過程と、まるで同じ構図じゃありませんか。
半藤一利と保阪正康の名著『そしてメディアは日本を戦争に導いた』は、もはや歴史書ではなく、現代の鏡の書、日本の近未来予測の書かもしれません。いま必要なのは続編です──『そしてメディアは日本を思考停止に導いた』。
バラエティも酷いものです。吉本芸人が「いじり」と称して他者や弱い立場の人間小突いたり頭をはたいたりしてバカにする構図が常態化。その“笑い”は、いつの間にか「いじめの空気」に変わり、画面の向こうから日常生活にまで染み出してきます。弱者を笑い者にして、何が面白いのでしょうか? 教養も文化も、深夜かBSへやEテレに“左遷”され、見える世界はどんどん浅く、雑に。
結局、テレビは「社会の鏡」から「お化け屋敷の鏡」になってしまったのです。映っているのは、加工された現実と、うすら笑いだけ。
でも、これはテレビだけの話じゃありません。
大手企業、大手新聞、大手政党、大手宗教、そして大手大学まで──「オールド・ボーイズ・クラブ」に陥った日本社会そのものが、自己保身と自己満足のなかで、国民の思考を静かに麻痺させてきました。まるで“カルト教団”のような洗脳システム。
そんな仕組みを動かしているのは誰か? シンプルです。「仕掛ける人」と「仕掛けられる人」の構図。これはもはや“人間社会の基本設計”なのかもしれません。
一番効率の良い仕掛け方は“洗脳”。ジャニーズも吉本も、スポーツもテレビも──あらゆる分野で「感情に訴えて思考を止めさせる」仕組みが量産されてきました。グローバルで見ても、トランプ氏やマスク氏、マグニフィセント7のIT帝国たちも同じ手法です。アルゴリズムで中毒を仕掛け、感情を操作して稼ぐ。もはやこれは「産業」ではなく、洗脳して搾取する「洗脳装置」です。
こうした社会で、搾取されずに生きる唯一の方法は、「真なる学び」を得ることです。
原理原則から考える。深く掘り下げて、自分の頭で判断する。そして何より、「自分の感性」に耳を澄ませること。私は40歳のときに、その大切さに気づきました。給料の3倍もする高級ゴルフクラブを手に入れた瞬間、ふと「これ、誰のためにやってるんだ?」と思ったのです。熱中していたゴルフを、熱中する事を洗脳されていると気付き、その日からパタリとやめました。クラブは今でも新品のまま──私の“目覚めの証拠品”です。
あなたはどうですか?
スマホの画面の中ではなく、魂の奥から聴こえる声に、ちゃんと耳を傾けていますか?
思考を止めないでください。この国の未来が、本当に危ないから。