私は蚊が大嫌い!蚊を撲滅する政治屋は皆無!
蚊と政治と、この国の「やらない力」
私は蚊が大嫌いだ。夏の庭仕事(草取り等)のたびに、ヤツらは音もなく忍び寄って、私の肌に無断で針を刺す。無断どころか、毒入りのプレゼント付きである。しかも小さくて、叩いてもなかなか仕留められない。まるで「政治的責任」みたいな存在だ──見えているのに、なかなか仕留められない。
もし蚊がこの世からいなくなったら、どれほど快適な暮らしが待っているだろう。けれど現実には、世界中どこを見渡しても「蚊撲滅省」なんてものは存在しない。日本に至っては、虫よけスプレーと根性論で乗り切る方針らしい。気候も政策も、どちらも熱がこもる一方だ。
だが、蚊はただの迷惑虫ではない。人類の歴史を最も深く、静かに蝕んできた「殺人者」だ。事実、毎年およそ70万人が、蚊が媒介する感染症で命を落としている。これはライオンやサメ、毒蛇など、すべての野生動物の死者数を合計した数を遥かに上回る。殺人鬼と呼ぶには控えめなくらいである。
デング熱、マラリア、黄熱、チクングニア熱、日本脳炎──蚊は感染症の総合商社だ。特にマラリアは世界で年間約2億人が感染し、そのうち約60万人が亡くなる。これはもう戦争と言って良いし被害は数倍!数十倍である。つまり蚊は、気候変動と貧困が育てた“見えざる戦争”の最前線にいる。
だがこの国のニュースでは、蚊のことなんて、せいぜい「夏の風物詩」扱いで終わる。70万人の死は報道されず、真夏の甲子園と打ち水大作戦だけが季節の話題だ。
そして温暖化が進む今、蚊の行動範囲は北へ北へと拡大している。ヒトスジシマカはもはや本州を制圧し、次なる野望は北海道らしい。地球が温まることは、蚊にとってまさに「未開拓市場の拡大」である。感染症のリスクは2050年までにさらに5億人分増えると予測されているが、それを「今から何か対策すべき」と受け取る政治家はごくわずかだ。
「そんなのは外国の話だ」「日本には公衆衛生がある」と、どこかで高をくくっている人も多い。だが、温暖化で繁殖するのは蚊だけではない。ノミもダニもコウモリも、次々と新たな感染源を運んでくる。アメリカではハリケーンの増加が湖の生態系を変え、致死率30%を超える人食いバクテリアが広がっている。シベリアの永久凍土からは数万年前の炭疽菌が目を覚まし、16年には少年の命を奪った。
それでも日本の政治は、やる気があるのかないのかよく分からない「対応を検討中」のまま。環境予算は削られ、感染症対策は後回し、選挙前になると急に防災訓練が増える程度で、「蚊をなくす前に票を逃すな」がモットーのようだ。
この国は、実に優れた“先送り力”を持っている。年金改革も、教育も、少子化も、防災も、そして気候変動も──すべて「近いうちに」取り組むことになっている。気づけば10年後の子どもたちに、ツケを回す準備だけは万端だ。
でも本当は、やれることはたくさんある。
都市の排水溝や水たまりの管理強化
感染症に強いワクチン研究と国際支援
温暖化の抑制に本腰を入れた再生エネルギー政策
「蚊による死者70万人」という事実を、ちゃんと教科書に載せ!人類が解決すべきアジェンダの第一位にすること
そう、行動する理由は山ほどあるのに、「やらない理由」の方が毎年増えていく。蚊と違って、日本の政策は生き延びる知恵がなさすぎる。
このままでは、次に刺されるのは肌ではなく「未来」そのものだ。環境を守るということは、命を守るということ。蚊をただの“かゆみの元”と侮ってはいけない。その針の先には、気候変動と政治の無関心が詰まっている。
蚊を甘く見る社会に、未来はない。刺されたあとに気づくのでは遅い。そして──政治もまた、刺された瞬間に「かゆい」と感じてほしい。せめてその程度の感度くらいは、事なかれ主義で先送り大好きの日本人にも残っていてほしいと願ってしまうのだ。