クズ商品に喜ぶアホーが山ほど居る国・・・ふー
アメリカや中国の新興BEV専門スタートアップ企業にはとても魅力的なビークルがあるが・・日本ではなかなか手に入れる事が出来ない。日本製のBEVなんて糞以外の何物でもない。
米新興EVメーカー「カヌー」https://kuruma-news.jp/photo/533735#photo9
なんで日本ではカヌーの様なビークルが生まれないのか???本当に嫌になる、このカヌーに自動運転レベル3が付けば・・・確実に買い・・・である。
通常のビークルにも使え、キャンピングカーにも使え、そして移動オフィスのワケーションにも使える。そして大人の秘密基地にもなり得る。私の場合は大好きな温泉旅行やワケーションの基地としての活用に超便利である。
日本のメーカーのデザインはマツダ以外は全部糞である。しかも最近のマツダのデザインもこの糞デザインの影響を受けていて最新モデルのデザインは全く頂けない。
そしてカヌーのデザインをそのままで・・・大、中、小・・と大きさを変えれば全ての用途に合致して無駄なろくでもないデザインを多発させて世の中を気分悪くさせる事も無くなる。
現代社会は商業主義に汚染され、洗脳されていて人間の本来の幸せの為のデザインや造形に全くなっていない。そもそもブランド企業などが仕掛けるデザインの統一性やコンセプトの統一性と人間の心の屋すら気とは対極にある・・自然界を見た時に規格化された造形などただの1つも無い。しかし、その根底に流れる生きる為の必然性はとてつもなく強く共通している。
人間の商業主義により仕掛けられるデザインとは人間を幸福にはしない・・・と云う事である。
そもそも人間と云う生き物が生まれたのは地球と云う環境の存在故なのです、地球上の大自然に規格化され統一された造形物などただの1つも存在して居ません。人間が売らんかなの五欲の造形物は大自然からすれば異質な存在で有る事には間違いないのです。
人はランダムなモノに癒されます。大自然は何時も何時も変化をしていて、同じ様に見える木々の葉でも全く同じものは1つとして存在して居ません。この大自然のゆらぎ・・・f分の1のゆらぎ・・が人の心を癒し慰めストレスから解放してくれます。
デザイン性の高い造形物は・・・相対的な差異・・・を強調する事は出来ても決して人の心を癒すような造形物ではありません。
じゃぁ〜何故に人はデザイン性の高い造形物に憧れるのか???それを手に入れたり身にまとったときに満足感や快感を感じるか???マウンティング実現の相対的優位性による自己承認、それは中毒性の強いドーパミン的幸福感や快感なのです。決して大自然の中の癒し効果で出るセロトニンやオキシトシン的な絶対の幸福感では無いのです。
デザインの本質は・・・目立たないけど、なんか!!!とても心が落ち着き安心でき愛着が生まれる造形で無ければなりません。解りやすい建築物的事例で言えば・・高山や金沢の町並み等々です。そして造形物で例えれば・・ポルシェの911のデザインです。50年以上デザインの根本は変化をしていません。でも、最近のポルシェは商業主義への傾倒が色濃く感じていて・・・???が付く様な気がします。
ポルシェが潰れかけていた1980年代の商品が未だにとても魅力的であります。中古でも品質が良いモノは当時の新車価格よりかなり高い値段でも飛ぶ様に売れてしまいます。2012年以降の商品は???ですね
商業主義は人を「一時的な幸福」「瞬間の快楽」にしか出来なく、相対的な幸福であり直ぐに霧散してしまいます。真の幸福、持続的な幸福を追求するには、ウェルビーイング、すなわち幸福である状態を高いレベルで永続的に保つ必要があります。
本当の悔い無き人生を生きるには商業主義ドップリでは実現出来ません。商業主義5割以下が私は適当な配分と思って居ます。そして商業主義の影響をなるべく受けない様に留意しながら生活をしています。真の幸せな人生の為にはお金は必要条件であり、十分条件で無い事と同じことです。
日本の自動車を始めとする製造物はあまりにも商業主義100%の”真なる価値”とは程遠いモノばかりの様な気がしてなりません。深さが全く感じられないペラペラ感MAXの悲しい商品、まさに40年前に世界から卑下されたエコノミックアニマル日本人、それが大衰退した今の今でも全く変わっていないですね・・悲しすぎる現実です。
★真の価値、時の風化を、受けにくく・・・安らぎ満ちて、実証を生く 無駄の排除が温暖化防止の最善策