国ガチャ外れ、時代ガチャ外れの貴方の人生を過酷なものにしないためにできる事はたった1つだけ
世界に名だたる名経営者稲盛和夫氏を創り上げた哲学⇒それは仏の教え(仏教)
稲盛氏が幼少のときに薩摩の隠れ念仏の通過儀礼のなかで、培った感謝の思いが出発点
仏教での煩悩の三毒と経済について原始仏教に立ち返り、経済倫理の原理を仏教的視点から解釈。
稲盛和夫氏の経営哲学の基本⇒経営における利他行を求めていくことに仏教思想の原点を見る
1,エピソード1⇒稲盛氏が京セラの太陽光発電パネルを 自宅に設置しなかった驚きの理由
「自宅の屋根が小さく、目の前の建物に太陽光がさえぎられるため、太陽光発電の設置が不可能なんです」と回答⇒大金持ちなのに日の当たらない家に住んでいると云う驚き⇒足るを知るの極致
2,エピソード2⇒稲盛氏の有名なエピソードに、吉野家の店舗ごとにおける味の違いが分かる。
稲盛氏曰く、有楽町店などの吉野家は牛丼を煮込みすぎず味と品質が安定⇒原因繁盛店の高回転率
稲盛氏の重要な接待の場所として吉野家有楽町店が選ばれていた。
サッカー選手のラモス氏や京都府知事の接待場所として稲盛氏が選んだのも、有楽町の牛丼吉野家
★稲盛思考
保身の為に、周囲を無視したわがままに走ってしまう人は多い、人より能力があると思われたいし、出世もしたい。しかし、周囲からの評価なしで営業の数字を上げたところで、組織にヒビが入っていくだけ。営業の数字、売り上げを上げることは、リーダーとしての最低条件でしかない。
数字をきちんと作った上で、「こいつのためなら、命懸けになれる」とまでいわせるカリスマ性がなくてはいけない。そのカリスマ性はどうやって生まれるかと言えば、周りの人のことを第一に考え、世の中に何が必要で、何をなすべきかをとことん考えることだと、稲盛氏は考えていた。
故に人の上に立つ者は、全人格を磨かなくてはならない。もうけるだけではダメ、贅沢を目的にしてはダメ。人格で相手と勝負できるのか。吉野家の逸話から導き出される稲盛氏の帝王学とは、稲盛氏が死してなお、燦然と輝きを放ち続ける。
★稲盛思考
稲盛氏に「幸せとは何ですか」と尋ねたところ、「日曜日は夫婦で外食するのが常で、2人でスープに入った麺を1人前だけ注文し、それを二つに分けて半分ずつ食べることが多い。時にはぜいたくをして、野菜炒めを注文し、それも半分に割って食べると、幸せな気分になれるのだ」と回答。
質問者は「幸せはお金で測れるものではなく、仕事や生活に追われる中で、時折、ほっとするような気持ちになることなのだと感じた」と回想している。
足るを知る質素倹約をはじめとする稲盛氏のブレない人生哲学が多くの人の心を打つ。しかし1959年創業の稲盛氏の成功は昭和の何もなかった時代(助け合わないと生きていけない時代)だから成功出来た事なのでしょう。今の時代(日本人が変質したド性悪の時代)同じ事をやったとしても踏みつぶされて消えてなくなるのみと思われます。
★★★分け合う事の慶び、昔はやった「一杯のかけそば」を地で行くような話である。残念ながら「いっぱいのかけそば」は実話が元と云う触れ込みで大ブレイクしたが、後日全てが創作した事が判明し、さらに作者の不祥事が分かり大ブーイング・・私もこの作者栗良平氏に直に会って話をした事があります。
あらすじ
大晦日の晩、おそば屋さんに二人の子供連れの貧しそうな母親が現れます。
「かけそば…一人前なのですが…よろしいでしょうか?」
それを見た主人は、こっそり1.5人前のそばを茹でます。そして、親子3人で出された一杯のかけそばを分け合って食べたのでした。
この親子は交通事故で父親を亡くし、年に一回大晦日だけ父親の好きだったかけそばを食べに来ることだけが贅沢だったのです。
次の年の大晦日も…その次の年も。かけそば一人前を注文しにくる親子。いつしか主人は、親子の来店を楽しみにするようになり、毎年大晦日だけは親子の座るテーブルを予約席にするようになったのでした。
しかし、突然めっきり見かけなくなったかけそばの親子。予約席をとって待ち続けたそば屋の主人。
そして十数年後のある日、すっかり大きくなった子供を連れた親子三人が再び来店するようになります、子供達は就職して立派な大人となり親子三人で「かけそば」を三丁頼むのでした。
主人は涙で頬を濡らしながら、かけ三丁を拵えるのでした。
**********以上があらすじ****************
私も若いころこの童話に涙した事を思い出します。・・・そして後でがっかりした事も思い出しました。
(しかし、今の今上記のあらすじを読んでも私は目頭が熱くなります)⇒現代人にはなぜか?深く深くに隠蔽されてしまった人間が持つ本来の優しさの一旦を感じます。
日本人はなぜか???真実をまげて表現したり異様に美化して表現する事が大得意です。
冒頭の稲盛氏がJAL日本航空を再生した時の言葉・・・日本航空は人として普通の事が出来なくなっている組織である。私は普通の事が出来る様に指導しただけだ!!!・・・と語っている事を思い出しました。
人として普通の事・・地位が上がったり財産が増えたり名声を獲得すると・・・なぜか???日本人は普通の事が出来なくなり人間の格を下げてしまう人が多いことが気になります。日本の間違った教育は上に行けば行くほど人間破壊(ド性悪になる)が進む様です。感謝や感動の涙が流れなり無感動の冷酷極まる感受性微弱に陥る民族的特性を強烈に持っている様です。自分より格下の人間と見定めるや手のひらを返して、とたんに冷酷無比な仕打ちを平気で出来る様な民族でもあります⇒私も、たった1人の金なし起業時にやられまくった経験があります。人生の七味唐辛子を頭からこれでもかと云う程、ザブザブに振りかけられた事が有ります。
人生の七味唐辛子:「うらみ・つらみ・ねたみ・そねみ・いやみ・ひがみ・やっかみ」
ド性悪、それが普通の、日本人・・・悲しき民の、国ガチャ悲し 故に日本人は空気感に支配される
今の日本の大衰退も・・代々の親ガチャ当たりのボンボン菌が空気感で持ち上げられ続け、他の人間(労働者)の空気感を読みまくった裏表人格により実際のエンゲージメントマインド最低(たったの5%、先進国の1/5〜1/7)がもたらした結果なのでしょう。
国ガチャ外れ、時代ガチャ外れの・・・貴方の人生を過酷なものにしないためにできる事はたった1つだけ・・・真なる学びを深め貴方の時代価値を上げ続けリスクリテラシーを高める事しかありません。
今できる最善を今の今やりきり・・・心を穏やかに人に対する選球眼をキチンと持ち極少の良い仲間(砂漠で一粒の砂金を探すような価値ある同士)と共に利他心を発揮しつづけて下さいね。